ゆうぐれよるのつき



 あでやかな日焼けに染まる町に、影が立った。

「……あれっ。おい、ツナー?」
「ごめん、ちょっとオレ」
 ツナはあやふやなセリフを噛んだ。
 急ぎ、言い直す。
「すぐ戻るよ!」
「ツナさぁん」
「どこいくんですかぁっ」
 耳と身に馴染んだ、友人たちの呼びたてる声を後ろにやって駆ければ、町を包む色がパッと今度はツナを包んだ。
 真向かいを強烈な夕陽がいすわる。
「あ……」
 角を曲がってツナは確信をする、が、今の時点で声にしていいものか?
 目を顰めつつ躊躇うのは数秒だ。
 その間、影はスッと次を曲がった。
 ツナは、行くか、戻るか、どっちかを悩みながらも足では追った。
 なぜ? 問われるなら、明確な答えはできそうにない。はじめに駆けたときから抱く道理はあるが。

 ――アイツ、オレに用があるんじゃないか?

 ごく単純な道理である。
 ただ、相手が相手だ。
 少なからず、胸のまわりをピリピリさせながらツナは次と次の角も曲がる。
 次は、すぐだった。
「うおわあ!」
「どうも。沢田綱吉」
 くだんの彼は曲がって一歩目に立ち止まっていた。素っ気なく、しらをきるような表情と態度をしている。赤いような、果実色をした陽を全身に浴びる。
 その目の片方を占める海色と、片側を閉ざす血色を仰ぎ見るツナは、指先までも痺れた。
「うおっ……、うおぉ」
 くだんの彼は名を六道骸と言う。整った美少年であるが、容姿も言動もくせが目立つ男。
 ツナはそんな少年の直下の胸にあごをうずめ、ふかふかしたシャツの肌ざわりを味わってしまいつつ、言い訳をひねろうとした。一応、ぶつかってきた側がツナだ。
 後ろによろめきもしなかった六道骸は、笑わず、嘲りもしなかった。
「どうしてでしょうか。迷わず、僕を追えるとは」
「……はぁ?」
「徒党を組むとか、無視をする、とか。わざわざ選択肢をあげてやったのにそれを無下にするとはね。さすがですよ。僕を倒した男なだけはある」
「……」
 返す言葉に困って眉を寄せるツナである。胡散臭い表情にはなった。
「お、オマエってヤツはなぁ……っ。わざわざって。今日が何の日かおまえ知ってるのか?」
「燃えるゴミの日?」
「それは火曜だっつーかあさじゃない! 今、夕方!!」
「あぁ。ええ。そう、落日ですよ」
 当たり前を確認し合う少年たちは、揃って夕陽に目をやった。
 半分が焼けた色をしている大空と、そこに浮かぶ月のようなおおきな光の球。
 太陽がきれいですね。骸が言うのを確かにツナは聞いた。
 骸との間に、一歩分の距離はできた。骸の目がその空間を埋めるように落ちる。
 そして、
「知ってますよ。バースデイパーティ、けっこうじゃないですか。僕も僕の細胞が騒ぐように僕を祝うんですよ。君のそれとは随分と違いますが、しかし真実、同じものだ」
「に、にほんごを……」
「日本語をしゃべっています」
 ようやく骸が笑った。目を細めて口許をゆるめて『仕方のない子だなぁ』という顔をした。
 その表情のまま、
「僕が君を祝うことはない。未来永劫に。しかし、どれほど犠牲を払おうと、君に贈るものはあるんですよ。いつの日か、君はそれを知るといい。今日、僕にこうして気付いたように。そのとき君は、僕のものになる」
「せめてさ、わかる文法にしてくんない……?」
 別の意味で仕方ないヤツだな、という顔をするツナに、骸がうれしそうに歯を覗かせる。
 友人の声で後ろを向いたツナが、再びふり向くと、そこに骸の姿はなかった。

 ◆

「月が、きれいですね?」
 と、そんなセリフまわしの意味はツナも知る。ふと呟く気になった。
 この十年間――、様々なことが起こった。
 顛末としてツナは平凡なサラリーマンになって、二十四歳のこの日を残業を終えてから、一人歩く夜道にて迎えている。友人と集まる日は近ごろは決まって日曜だった。
 ツナの全身が、嗅覚が、そなえる。次の角を曲がってすぐ。必ずすぐ。
 サラリーマンになったおおもとの元凶が、実に十年ぶりに、プライベートで会おうとしている。
 どうして手伝ってくれるんだろう? 過去、節々で感じた疑念はたった今、夜に溶けた。高々とさんざめく月を見つめていたら。
 そして待ち構えたこの気配。十年越しとあって、ツナまでついつい愉快なここちになった。確かにプレゼントだった。
「気がなが過ぎというか、むしろどんっぐらいヒネてるんだって話だよ、もう」





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