はぴたん



 その日は、雨だった。
 少し迷った。本人から聞いたわけではなかったから。リボーンや父さんはどうやら皆を管理? しているっていうのかな? プロフィール集みたいなのを持ってるようだった。どういう経緯か、オレがそれを知ったのはリボーンの恋人、ビアンキからだった。
「あら。雨ね」
 居候の彼女は、リビングのカーテンをめくる。
 三十秒くらい、しとしと降ってる音を聞いていた。遠くを見る目をしてる。ビアンキって、美女だ。アンニュイな立ち姿が絵になる。
 オレはそのときトーストをかじっていて、ちょうどビアンキが視界のはしにいたのでなんとはなしに眺めていた。
 そして、目をまるくする。
「残念ね。六道骸のやつ。せっかくのバースデーが」


 六道骸は、オレが差し出した紙袋を思いっきりへんなものを見る目で見た。変わった色をしてる両目をいささか瞠らせている。
「どうして君が知っているんですか」
「……あ−、えっとリボーンから聞いたんだ。たまたま」
 ウソだけど、ビアンキが呟いたと正直に話すのはマズイ気がした。たぶんビアンキの情報源ってリボーンだし。骸は、慎重でたぶん秘密主義なヤツだろうから、自分の個人情報がボンゴレファミリー内でぽいぽい流出してるとか知ったらキレるかもしんない。
「へえ。ほう。君はウソが下手だな」
「……あー。まあ、そ、そうかもな……」
「目を見て話したらどうです」
「…………」
 うかがってみると、予想に反して怒ってはいなさそうだった。
 ただ、でも呆れているようだ。
 眉を寄せて理解できないという表情。実際、すぐに「理解できませんね」と声にもされた。黒いジャケットのなかに迷彩のTシャツをきて、どこか軍服っぽい私服。
「それで君は僕を祝うためにわざわざここまで? 単独行動を?」
「……獄寺くんとか連れてきてもよかったの?」
「門前払いですよ、そうしたら」
「じゃ。じゃあいいじゃないか。はい。差し入れ」
「僕がボンゴレファミリーからの食べ物とか受けいれると思いますか?」
「これ、お菓子だから。コンビニで買ってきたんだ。市販品ならいいかなと思って」
「おやつパーティーでもしろと? 貧乏くさいひとですね」
 こ、こいつ。ああいえばこういう。
 面倒臭いやつだなぁとこっそり思ったのがバレたのか、なんなのか、骸は口角をひきつらせてるオレから紙袋をひったくった。ポテトチップス、せんべい、ちょこぱい。今月のおこづかいは残り少ないので、大したものは入っていないんだけれど。
 ビアンキの言葉が気になって、骸に誕生日があったという事実も気になって、今日が雨降ってるのも少しいやな気分がしてしまって、それに今日は用事もなかったから。こうして学校帰りに寄ってみたわけだけど。
 失敗だったかも知れないな。紙袋の中身を確かめようともしない骸に、プレッシャーを感じるっていうか、怖じ気づくっていうか……。
 どことなく不安を覚える。
 いたたまれない感じもした。
「じゃ。オレ、これで」
「ええ」
 ヘルシーランドにある骸たちのアジト。
 少し入ったところで、オレと骸は立ち話をしている。
 ここにきて真っ先に会ったのはフラン君で、フラン君が千種さんを呼んできて、千種さんが骸を呼びにいってる間に犬さんにも会って、最後に会ったのが骸だった。
 骸は、他の三人を早々と散らしてしまった。
 だから、今はオレと骸のふたりきり。
 オレは、カサをひろげた。
 百円のビニールガサはちょっとくさい。そのツンとくる匂いでなんだか、オレは余計なことをしたのかなと、現実をつきつけられた。思えばオレはちょっと混乱してたのかもしれない。ビアンキやリボーンが、いやたぶんボンゴレファミリーが、骸たちのことを何とも思ってないんだなっていうのが、イヤだったのかもしれない。
 オレはきっと、骸のことを尊重したかったんだな。自己満足であっても。
 ふいに手首を掴まれた。
 骸だった。オレを見ていなくて、気まずそうに安物のビニールガサを見上げている。歩き出したオレを引きずるようにして後ろに連れ戻した。
 カサは、紙袋と同様に奪われた。
「ちょっと待っていなさい」
「え? あ、ウン」
 言うがはやいが、歩いていってしまってるし、カサも持っていってるし、オレは頭を縦にふるしかなかった。五分もなかった。骸は、藍色の大きなカサを持って帰ってきた。紙袋はおいてきたようだ。
「こっちを」
 深くは言わず、オレの手をとるとカサを持たせる。
 何が起こるのか予想もつかなかったオレだけど、これには反応できなかった。え。呆けた顔してるだろうオレを骸の目が盗んで見ていった。
「ありがとうございました、チョコパイ」
「……あ、う…ううん……」
 返事をまたないでもう帰っていっている。
 背中に向けて、大きく言った。
「ごめんな。コンビニ菓子で」
 軽くふり返った骸は、足もとめず、なにか言葉をかけるでもなく、そのまま消えた。
 雨の音が、放棄された遊園地にひびいている。オレは改めてまじまじとカサを見た。サラリーマンが使ってるような、ちゃんとしたカサだった。
「……これ、オレがわたしたコンビニのやつより高いな」
 値段が。百円ガサはどこにいってしまったんだろうか。
 カサは、ひろげるとふしぎな匂いがする。オレの嗅いだことのない匂い。くさいんだけど、ビニールガサとは違う。
 あぁ、オレ、お祝いにきてよかったんだ――
 カサに入っての帰り道でそう実感できた。
 だって、骸もおれのこと尊重してくれてるみたいだ。今度、なにかまた機会があったら、そのときはポテトチップスとせんべいはやめてチョコパイみたいな甘いやつを増やそうかな。
 骸がくれた(と思うしかなかった)カサは、梅雨の間、大活躍だった。




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