ぽっきり



 突如、暗くなった。自分一人のうえに雲ができたように。ツナは、ふり返る前から未来のビジョンを感じ取れてしまった。
 デジャブ。超直感によるひらめき。
 どちらでもないのは明白。
 本当に、繰り返されてるコトなのだから。
「――毎年毎年よくもまぁ飽きないな! ったく、11月1日はどーゆうメに遭わされるかっていくらオレでも学習――」
 しちゃった……。コトバにしきらず言葉が消える。
 ふり向いたツナが立ち止まる。
 民家の塀には誰も立っていなかった。青い空に白くまばゆい丸があって強烈に照りつけてくる。思わず目をしかめて息を呑む。左肩には何かが触っている。
「んぐ」
 唇の先には、異物が押し込まれた。
 高校にあがるまで散々にリボーンに鍛えられたツナは、はからずも類い稀なる動体視力の持ち主だ。なのでしっかり見える。まんまるく拡げた視界にいないというのに犯人まで見えそうなほど。中指が、すらっと伸ばされてツナの口先十センチの距離に在った。
 他の指はゆるく拳にまるめて、スティック状のプレッツェルのお尻をただ指で押している。決して弱くはない力で。
 真横には誰かが足を着けている。音もなく。ツナにそちらを見やる余裕も時間もなくただ絶句した。
「――――」
 ゾゾゾッ! 胃袋が騒ぐ。プレッツェルの味があるはずだが、すべて吹っ飛んで感覚が遅くなった。
 小気味いい音が、ツナの心中とは全く正反対にこだまする。
 ポッキーを勢いよく折った音。ぽきんっ。
 ツナには、切っ先を口に詰められてから一秒も挟まない間の事件だ。
「……っ」後ろによろめいて、ヒリリと刺激物みたいなプレッツェルに感じ入る。頭はがんがんした。口のなかでは舌も引っ込んで、これが11月1日の六道骸の仕打ちでなければグエッと吐き出している。
 横合いから出てきた手が、ツナの肩から落ちかけたスクールバッグを支えた。
 ミリタリーテイストの上着に革ボトム。高校には進学しなかったので、もう制服は着なくなった六道骸である。髪は前髪も後れ毛も揃って少し伸びた。
「さすがです。反射神経、すばらしいですね。またリボーンに特訓されてたんですか?」
「……お、おまっ……ポッキーでオレの頭蓋骨まで砕くつもり……っ、か?!」
「まさか。そんな。頭蓋骨のがかたい」
「そーじゃねぇだろおおおおお?! 噛まなかったら大怪我だよ今のっっ!!」
「まさか。致命傷とは程遠いですよ。実際にキミが噛めなかったとしてもね」
「おおおおオレの心は致命傷だよっ?! ナニすんだよ!! ポッキーの日でじゃれてくるってこんなのおかしいだろ平和的に来いよオレを怪我させにくるよーなのは禁止だろふつう?!」
「クフフ。あれ? 何て言ってましたっけ? あ〜、あれですね〜、ポッキーの日だろ明日はいい加減マンネリだろ絡んでくるなよとわざわざ釘をさしてくれたお方の言うことですか? それが? 僕に参りましたと言ったらどうですか?」
「ざっけんな! 誰が言うかぁあああ?! ってか言えるかマゾかオレは!!」
「マゾでしょうね」
「そこだけ気の毒そうなカオすんなぁ!! マゾじゃない!!」
「まぁそんな今更の事実はどうでもいいんです」すまし顔でどこ吹く風といった様子の骸が懐を漁った。出てくるのは封の開いたお菓子箱だ。
 ちゃっ。恐ろしく手慣れた所作で箱を差し出し傾けさせて、ずらり、取りやすいようポッキーの持ち手側をちょうどよく飛び出させる。
 やりますか? どうでもよさそう、むしろ面倒臭そうともとれる声色だ。
「ポッキーまだまだありますよ」
「…………あ、あのな。ツッコミ追いつかないからもーふつーに会話してやるけどさ、オマエ今の今までの流れでフツーにポッキーゲームでぇすみたいな空気なれるとマジで思ってるのか?」
「クフフ。ミステリアスさが僕のウリですよ? まぁ思ってませんけど」
「お、……お前……」
 平和主義のツナですら殴ったろうかとの思いが頭をよぎる。
 ぽき。骸は、性格悪そうにほんのり口角を笑わせたまんまでポッキーを囓る。ツナをじろじろと見ながらなのでツナは肩身が狭くなっていった。踵を返しても骸はついてくる。
 ぽき。ぽきっ。正確には、プレッツェルのたてる軽快なリズムが、後をつけてくる。ツナはふと気がついて眉をしかめる。
 前を向いたままでやや怒鳴るように質問した。
「さっきオレの頭蓋骨刺そうとしたやつ、ポッキーじゃなかったな。チョコついてなかったぞ」
「ああ。……キミもしぶといですよねー、まだ高校通おうとするなんて。もうあなたは一般人に戻れないんですよ。自覚足りてませんよね」
「何の話をしてるんだよいきなし! 放っとけ! オレは骸たちの仲間にもなんないしマフィアにもなんないよ!!」
「いえ、ようするに学校いかれると暇だという返答ですよ。おまえが食べたのは間違いなくポッキーですよ、沢田綱吉。まちがいなく」
「はあ。なんだよ……チョコなんて感じなかったんだけど……」
「クフフフフフフフフフ」
 ツナが、半眼で肩越しにジロリとやったとき、骸は笑みを含んだ箇所から舌を覗かせていた。
 チョコレート好きな彼らしく、ポッキーについたその部分を舌でなぞっている。先っちょは溶かしやすいのか、地肌に当たるプレッツェルが早くも浮かびでていた。
「え? 何」
 意味ありげな視線にツナが戸惑う。
 骸は、わかんないならいいんですとばかりくすくすしているだけで、そのうちにポキッと小気味よく音を漏らしてお菓子を折った。



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