骸が釈放されてすぐのお話

 



ある日、森のなかで




 洞穴は臭い。
 汗ばんだ人身は、濡れた犬のような匂いを放つ。おまけにどうやら、もとから獣臭はぷーんと充満している様子だ。
 第一声だ。
「なんでクマ鍋なんだ」
 彼は、そっけなかった。
「クマがそこにいたから……、とでも言えば満足しますか」
「なんで骸がここにいるんだ」
「君の目と鼻の先で釈放されたからでしょう。まさかもうお忘れで? さすがだ、沢田綱吉」
「バカにしてるのか」
「馬鹿になど。侮辱してるんですよ」
 ニコリともせず彼は、鍋のあく取りなどを続けた。
 柿本千種が野菜を投入する。猫背、無表情、まったく愛嬌もないその姿。(お母さんかよ!)綱吉は、顰めた顔の下にツッコミを秘める。
「クマ、殺してきたのか」
「骸さま。そろそろお肉を脇寄せお願いします」
「はいはい」
「なんで、オレがこんなとこで骸たちとクマ鍋を囲んでるんだ……」
「それは」
 ぴ、菜箸が近づく。
「!」火の粉のような煮汁がはねる。綱吉は鼻の頭を手で抑えつけた。直撃だ。
「ッテ! いたぁ!」
「そちらが情けなんてかけるから遭難の憂き目にあったワケですよ? 覚えているンでしょう。君は自業自得、僕はいい迷惑だ」
 切れ長の瞳はすぅと細くしなる。険しい形相に乗っかったそれを見て、綱吉も六道骸の怒りを察した。
 ついでに、コイツわざと汁を飛ばしやがったな、とも。
 鍋へと視線を戻し、骸は言いのける。
「フン。もはや生涯にわたって理解を放棄しちゃいますね、僕は。お前は異常なガキですよ。犬はまだなんですか? 狩りにでてからどれだけ時間が過ぎたと思っている」
「骸さまがクマを仕留めたのを知らないから、今頃、必死にケモノ探しでも」
「意気地無しなんですから」
「そもそもだからなんでクマが」
「だから洞窟に入ったらクマが冬眠してたからですよ」
「そこ、『だから』の一言で繋げていーとこなのかーっ?! 全体的におかしーってこれ! なんっひぇっ……っっ、クシュンッ!!」
 叫ぼうとして大きく息を吸う、その過程で自らの顔を潰す綱吉だ。骸と千種がふり返った。二人で手をまわして鍋をガードした。
 綱吉は、なんだか納得できないここちで鼻を啜った。
「な、なんで俺はびしょ濡れなんだ? 獄寺くんやヒバリさんは? リボーンはっ?! みんなどーしたんだ!!」
 ぐつぐつ、鍋が煮える。
 鍋を炙っている火が、暗い洞穴を照らす。鍋ではなくて少年達を下からの直火でいたぶるように。
 赤く揺らぐ骸も千種も、綱吉には不吉きわまりなく見える。
「…………」
「…………」
 綱吉にとって友人ではなく、知り合い程度で、しかし仲間ではある彼ら。
 骸が、あぐらを崩した。
 底が厚くて皮も硬い、登山用のクツを履いている。千種もそうだ。厚手のジャケットにリュックサックで完璧な装備だ。
 星柄のトランクス一丁でただ寝っ転がっていたのは、沢田綱吉である。
「…………」
 心臓をばくばくと騒がせつつ、唾を飲んだ。
 冷静に……なった方がいい。でないと死ぬかも? きっとそういう場面なのだ。
「くま……クマを食べるのはいいんだよ。遭難したんなら命懸けだよな……もう鍋になってるんだし食べなきゃ可哀想だよ。なんで遭難してるんだっけ? 骸たちといっしょに、さ? 俺の服は……ふ、服はっ?!」
 さりげなく視線を外していったのが千種で、ずいっと肩から乗り出してきたのが骸だ。
 クマと格闘したときのものか、ほつれ気味の髪がまた解けて、口唇に差しかかった。
「クマ鍋は嫌いですか」
「はっ?! 食べたことないよ! そういう問題……っ」
「煮込むとやわらかくなるお肉ですよ。血抜きもしてある」
「なんで遭難してんだよーっ?!」
「味付けは塩ですが千種は料理が上手ですからヘタなものはできない。まだ文句があるんですか」
「むくろっ! 質問に答えろーっ! 何があったんだ? なんでこん、なっ?!」
 どんどん近づいてくるので綱吉は頭を後ろへと逃がす。
 骸は上から包むようなところに顔を置く。冷たい岩肌に手を置く。綱吉のうすっぺらな胴体を両手で跨いでのことだった。平坦な声が紡がれる。
「何があったか? 君の疑問はそこですか」
「……そ、そう、だよ」
 綱吉は、頷く。心細くなった。
 見上げるオッドアイは赤い光から逃れて黒くなった。
「君が僕をいやがるからだ」
「……っ?」
 きわめて真面目な……そう見える顔つきで居る。骸が。
 乾いた胸を眼でたどり、裸の四肢を見下ろした。
「君が滝壺に墜ちたんですよ」
 数ミリだけ唇を開けてそう言う骸を見上げつつ、
(あ。くま……)
 綱吉は自分が四足歩行の熊に襲われているみたいだと感じた。そういえば――骸とは、ある日の森のなかで、はじめて出会ったものだ。





 あるひ、もりのなか、くまさんに、でああっ……。
 リズムに乗って音楽が頭を駆け抜ける。
(あンとき、「助けにきてくれたんですね!」とか、調子イイこといってたよなぁ)
「くぁ〜っ! くまうっめーびょん!」
「犬。汁とばすな」
 手づかみで豪快に食べる真横で、千種がうめく。
 彼らと少し離れて、綱吉も、煮汁をすする。ワイルドで野生の味がする。
(に、肉が濃い。まぁ、これはこれで、けっこうウマいかな?)
 奥歯も使って肉を噛みつつ、首筋にかかるフェイクファーを意識する。
 骸に貸してもらったブルゾンを羽織っていた。
 心なしか、血なまぐさい。伺ってみれば彼は音もたてずに食事していた。アルミ製の箸で、コロコロした赤い肉をつまんでいる。
 目線がかち合うと、綱吉は急ぎ、顔を背ける。
 いまだ恐ろしげなイメージは強かった。クマどころか、人殺しがたやすくできる少年だったはずだ。
(あいつの言うこと、信じていいのか?)
 今は一体、どういう状況なんだ? 自分のおかれた状況がよくわからない。
 疑問は、翌朝になってから切迫感を伴った。
 花の匂いがする――、熊鍋の残りを食べたあと、興味本位で綱吉は木々を掻き分けて歩いていった。そして。
「うわぁあああ?!」
 花畑の下には、切断済みの首があった。クマが口を開けたまま死んでいる。
「僕が捨てたんですよ」
「わぁああああああああああああ!!」
 背後からの声にも叫んだ。
 飛び退いて、平然としている骸を見やる。千種が着ていたはずのジャケットに袖を通していた。
「こ、これをお前が?! 首を落としたっていうのか……。ひどい」
「勘違いをしてますよ。殺したときじゃありません。肉を捌いたとき、邪魔でしたからついでに落としただけです」
 綱吉は何も言えなくなった。凍りかけた眼差しを改めて向ける。
 朝もやが降りていた。
 白くヴェールをまとった森の中で、六道骸は黒いジャケット、迷彩のVネックに黒いズボン、登山靴という出で立ちですらりと立ち伸びる。
 綱吉は、借りたブルゾンを垂らして、裾の短いワンピースを着たようになっている。足は裸足だった。
 緊張しながら吐き出す、その息だけが暖かかった。
「戻ったらどうです。寒いでしょう」
「い、いや……。なぁ、俺の服、乾かしてるのってどこで? 近いんだろ」
「風当たりがいいところです。ちょっと歩きますから案内はしませんよ。まだ時間がかかる」
 綱吉は耳を澄ませる。近くから、何かが流れていく音がする。
(俺が落ちたっていう滝なのか?)
「服、乾いたらさ、リボーンたちと合流するんだよな?」
「そうですね」
 さしたる変化もなく骸は簡単に言う。
 胸に、毛羽だったような不快感が広がるのを感じながらも綱吉は頷いた。やはり信用できないなと思った。
「早く探さないとな。はぐれちゃったんだから。皆のとこに戻らないと」
「僕への当てつけのつもりですか」
 赤と青は朝もやの向こうにあった。
「まだ何もしていませんよ? 君の体に手出ししてはいません」
「当たり前だよ!」
 突っ返してうめくが、自分の体がまだ未契約か否かなんて、経験のない綱吉には一切分からなかった。
 土で汚れた素足をいざらせ、後退る。スニーカーは滝壺でなくしたと骸一味は言った。
「契約なんてしたら、リボーンが黙ってないんだからな」
「契約してないと言っているでしょ」
 堂々巡りに面倒臭そうな顔をして、骸が自分の顎を撫でた。
 花が色づいている方へと、顔を向ける。
「放っておいても彼らが探し始めますよ。気分転換がしたいんならもっと奥にいったらどうです? 花畑がある」
「…………」
 不快な、刺激のある疑いが腹に渦巻いた。骸はいつからついてきていた? そもそも。
 獣の生首が視界に入って、綱吉は軽く歯をすりあわせる。何もいえない自分が悔しくなった。
(こっちの熊のが黒いな、腹ンなかが……)





 歌は、花咲く森のなかでクマに出会ったことを訴えた。
「うひゃあっ?!」
 変な声をだすなり綱吉がはねた。
 足の裏からおかしな衝撃がきた。骸がブルゾンを引っつかんで注意する。
「いちいち騒がないでください」
「ご、ごめん……」
 朝つゆが葉に輝いていた。
 森の空気はみずみずしくて、生まれたてのような匂いがする。
 ゆっくり、小さく、胞子がちぎれるような音と気配を感じながら歩いていった。骸は何度か洞窟の方をふり返っていた。
 黄色い花が咲いていた。尋ねる。
「なんて名前か、骸はわかるのか」
「花でしょう」
「……そりゃ見りゃわかるよ!」
 苦笑するように思わず笑う綱吉だ。
 骸は、無感動で眉も動かさず、目には疑問を薄く浮かべた。
「くふふ。君は脳天気ですね。でも君のそのノンキな受け答えは僕には少し新鮮かもしれませんね」
「回りくどいな。馬鹿だっていいたいのか」
「別に。ただ、奴らが君を見つけるまでは面倒をみてあげますよ。沢田綱吉。君の暮らしを僕がみよう」
「え。ありがとう」
 おうむ返しにして、けれど言い回しに違和感があった。胸に予感が重くのしかかるではないか。
 ぞ……、背筋には冷たいものが昇った。
「…………?」骸を見上げる。含み笑う唇から、いやみったらしくも卑屈な発声が聞こえてきた。
「君が滝に突っ込むとはね」
「助けてくれたんだろ」
「どうして、君だけが濡れているんでしょうか?」
 その指摘はもっともだ。
 骸は上背がある。骸は腰も手足も細くて、できすぎた人形のような少年だった。
「よく、思い出せないんだけどな。俺を引き上げてくれたのがお前……ってことだろ? 違うのか」
「情けをかけるから君はダメなんですよ」
「なんだよ」
 眉を怪訝にさせる。
 歪めてあるのは骸の顔もそうだ。
「わかっているんですか。甘いってことは……砂糖は、すぐ水に溶ける。そういうことだ。死ぬんですよ?」
「骸?」
「もう帰りましょう」
 風が強く吹けば、花も総じて揺れた。
 それからは黙った。
 歩きながらも綱吉は違和感を強くする。なにか、おかしい。歌の続きが思い浮かんだ。
 くまさんが言うにゃ、おじょうさん、おにげなさい……。
(――逃げる)
「骸」
「はい?」
「俺。お前が、助けてくれたんだよな」
 ネジが外れたかのような違和感が火をつけている。煙が上る。頭を通り抜けて空へ。強烈な不快感があった。そうして綱吉がすべてを思い出したのだと、表情がぱっと色を変えていくさまを見て、骸も理解した。





(……ところが熊さんついてくる)
 歌の一節が浮かんだ。
 ジャッ! 砂を掻く音がして、なかば自動的に後退りしていた。顔があったところを骸の拳が通った。
「クフフフ」
 低い笑い声が――。
「がっ!」骸の右の掌が、喉首を握りしめた。何かを吼えた。
「どれだけ譲歩してあげたと思ってるんですか。執行させてもらう!」
 骸が、そう叫んでいる。
「契約のときだ!」
「死ぬ気モードにならないで、あいつ」
「骸さま!」
「ここはフランスだ」
「監禁だ」
「……ぼくは君が嫌いだ!」
 気がつけば荒縄によって両手首をいましめられ、綱吉は、地べたを転がった。中学校の制服を着ている。
 日は、高い。
 ファーのついたブルゾンをきて登山靴を履いて、骸は、背後に森を従えていた。
「クローム?」
「裏切るびょん、おいてきた」
「他人の心配をしてる場合なのか?」
 がっ、ぐあ、悲鳴。鈍いこえ。誰だろうと思ったが綱吉でしかない。
 縛られた手首をひかれ、座らされた。しゃがんでいる骸の真ん前だった。青あざができている顔から前髪をつかみ、骸は沢田綱吉を上向かせる。
「さあ、ここには君がひとりですよ。沢田綱吉」
「……なに……が……」
 彼の整った口元が、口角を吊り上げた。
「交渉をしましょう」
「……に……げ、ぼんごれは、おわない」
「いえ君には十代目になっていただきますよ」
 何をいうんだ。そうは思う。
 直感的な理解はできた。
 綱吉の目が見開かれる。全身は熱くうなる。ハイパー化したがゆえの熱が、両手の拳に集まる。
「皆を傷つけるつもりなら――」
「……君ってひとは」
「許さない!」
 二人は、戦った。殺したいなら殺しておけと、骸は最後に自らそう言った。綱吉も言った。死ぬ気の炎が、煙をあげた。
「できないよ。お前も仲間だ」
 静かに、告げる。
「だめか? 俺といっしょに帰ろう。大丈夫だ、何もいわないから。さ……。骸も千種さんも犬さんも、俺には仲間なんだ」
「反吐がでるな」
「?!」
 骸は背後を取った。
 今しがた語りかけていたはずの、地べたに蹲った少年が見当たらない。綱吉の足は、土を押して滑った。突き落とされた視界いっぱいには、白くあわ立つ滝壺が広がった。





 おとしものです、あらくまさん、ありがとう……。
「あっ」
 悩ましげな音が喉にこもる。悲鳴はなく、非難も批判も無理だった。綱吉の喉を握って骸が力を篭めていった。
「情けをかけたとき、君はいつもこうなのですが」
「ふぐぅ……!?」
「死んだのではと思った。君は死んだに違いないと、入水し冷たくなった君の体を抱えながら処置を施しながら君はきっと死ぬんだろうと僕は己に言い聞かせた。しかし、君が目覚めたとき、君はおかしかった」
 記憶を忘れていた。ここに至る経緯も、自由の身になった骸も、山ごもりの理由もすべてわからないと言う。
「わかるわけないですよ……」
「手ぇ、はなせっ」
「もしかしたら、僕は君を本気で……少しは、友情を感じているのかもしれない……なんて」
 銃声がする。濁流のように溢れてくる記憶からか、耳からか、判断に時間を要した。骸の手がゆるむ。
 尻もちをつき、咳込みながらも綱吉は音がした方角を探り見た。
「……」
 一人で確かめに走る、骸の後ろ姿を見つけると追いかけに走り出した。
 片手で、痛む首筋は抑えながらも、叫んだ。
「な、なんか、獣のこえが」
「……」
「クマ、じゃないか!?」
「小熊の母親」
 骸は、ぼそっとして呟く。
 おれいに、うたいましょう、らら……、くまの歌を脳裏に巡らせながらついでに昨晩の味を思い起こし、綱吉は混乱する。
 知らずに腹に手は当てた。
「そ、そりゃクマ鍋は食べたけど!? あっちって千種たちとは別の」
「密漁」
 また、ぼそっとして骸はうめく。
「どっちみち姿をみられてはならない。確認は必要だ」
「ど、どこからツッコミすればいいんだか!? 密漁ってここで!?」
「保護区です。殺しは御法度だ」
「おまえ、殺してるよな!? くっただろ!!」
「まぁね。君も食べたので犯罪者ですが」
「うわぁああああああ?!」
 頭を抱える。またも、銃声は高鳴るので綱吉はすぐさま乱れた足を戻した。
「た、助けがいるってことだよな? ここが保護区なら!」
「いいんですか」
 骸の声が、とたんに鋭くなった。
 彼はオッドアイは丸くさせている。心から驚くのだ。
「君、小熊を食べているのに?」
「え」
「君がアレを救済するのは残酷だと思いますが?」
「そ、そんな……、仕方なっ」
「乱暴な結論で終わらせていいんですか? この近辺を徘徊しているクマなら高確率で家族ですよ。彼女にとって、君は絶対に許せない相手だ。子どもを殺して食うだなんて」
「助けない理由にならないだろ」
 言い合って走っている間に、彼らは渦中に突入している。
 骸が、隣を追い越して飛び出していった綱吉のあとに続いた。綱吉が驚くが、骸は三叉の槍を手にしている。
 うすら笑って彼は綱吉を見ている。
「クマ、おいしいって食べてたじゃありませんか。おいしいおいしいって」
「助けない、りゆうにはっ、ならなあああああああああい!」
 ハイパーモードのツナが、同じことを絶叫した。
 飛びかかった彼らが着地して、その得物をふるって間もなく木々は一斉になびき、鳥は飛立っていった。
 初手として霧が放たれたため、綱吉は狩人の顔は見えなかった。向こうにしても同じはずだ。
「なあっ!?」
 綱吉は、助けたクマから逃げて洞窟まで戻ったとき、気がついた。
「何だ、これっ」
「ほらね。情けなんてかけるから」
「お、おれに、なにをしたっ?!」
「幻術は使っていません。初歩の催眠術のようなもの。予想通り、君はこういうのなら楽に引っ掛かりますね。……ほおら、このとおりだ」
「やっ……!?」
 走り通しの綱吉は、息が荒い。両足が動かなくなってその場に動けずにいる。
 そんな状態で骸の顔は近づいた。
「くふ――」
 額に柔らかいものが押し当たる。綱吉の瞳は、まるく大きく、横に拡がった。
 やおら語りはじめる彼の声は、冷たく澄んでいる。
「少しだけ、わけがわからない」
 彼の目は半分が朱かった。
「君を見ているともっと踊らせたくなる。ぐるぐる、永遠に回り続けるバレリーナとおなじく僕は君を手のひらで転がすように遠くから眺めていたい……」
 額を撫でた。
「これを、情けをかけるって言うんでしょうか?」
「……ち、ちがう」
 ――そうであって欲しい、綱吉のセリフには期待が篭る。
 そのニュアンスをわかっているふうに、骸は微笑する。
「でしょうね」
 続けざまに、打ち消すように言った。
「まぁいいです。どうでも」
「っ――」電源が落ちるように、綱吉の瞳から意志が消えた。失神する彼の全身を片腕で支えて、骸は肩をすくませた。
 後ろの茂みは揺れる。千種、犬が飛び出した。
「ここでおわりっすかぁ〜」
「世界大戦はどうなさるんですか、骸様」
「しばらく踊りを眺めてます」
 沢田綱吉をその場に寝かせながら、骸は勝ち気に笑ってみせる。
 皮肉げに眉を八の字に歪めた。歯が光る。
「まぁいいでしょう……、どこも犯さずに返してあげますよ。僕達は、僕たちで活動を始めるとしましょうか」
 パンツポケットから、黒い携帯電話を取り上げる。次に語る相手は、M・Mとコードネームを持つ少女だ。
 先ほどの密漁団の男たちを連れてこさせた。無理やり覚醒させ、自らのオッドアイを覗かせ、マインドコントロールを施したうえで沢田綱吉を日本まで運ぶように指示をする。男たちは、一様にうつろな目をして頷く。
「…………」
 赤と青の目を抱える少年は、綱吉を一瞥する。
 少し悩んだのちに、骸はそっとその体の下に両手を差し入れた。いわゆるお姫さま抱っこ。隠してあった乗用車をまわした千種が、後部座席を開けた。
 そこに、静かに運び入れる。
「……これも、たぶん違うんでしょうけどね」
 骸がそっとキスを重ねた。
 途中、思い出した歌があった。その歌のタイトルを静かにふき込んだ。そうですね、今日のことは。
「花咲く森のなかで、クマさんに出会ったという記憶にでも書き換えてあげますよ。あなたが……食欲をそそられないような男の子で、よかったじゃありませんか」
 ばたん。車のドアがしまる。





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