ぺーぱーどらいぶ





「えっ。補助輪いらないですか? 君が」
「……殴らないオレって温厚だと思うだろ。つくづくさ」
「度胸がないんでしょうね」
「…………」
 今度こそ黙ったツナには目もくれず、骸はしゃがみこんで外輪へと手を当てる。取りつけたものが風に溶けた。
 ぶつぶつ、小声では続ける。
「大丈夫なんですか。小学生並じゃなかったですっけ綱吉くん。小学三年生くらいですよね?」
「……怒るさすがに」
「へぇ。本当かな。知能がですか? なるほど。ではサイクリングといきましょうか」
 この会話でどーしてそのオチになるんだよっとツナには謎であるが、六道骸当人はそもそも気にすらしていない。
 サイクルショップである。レンタルサイクルをそれぞれ見た目で選んで、それを手押しで車道へ出てみて、一分での出来事だ。
 きみが要るのはコレでしょうなどと言って骸が補助輪を勝手につけ足してきたのが二十秒前。霧の幻術師の性能は基本、馬鹿げている。
 ツナは、イラつく代わりに骸を不憫に思っていた。オブラートに包んでやるだけの気遣いは、向こうが慇懃無礼なので消えてるが。
「おまえな。おまえが自転車乗ったことないって言うから、こーしてこっそり乗ってみようってしてやってるんだぞ」
「チャイニーズの印象なんですよね。アジア人って自転車好きですか」
「さぁ!? 知らないよ。便利だしすぐ停められるし自転車があれば充分って感じだからじゃ」
「アリの巣みたいな国ですもんね、ここ」
「おまえな。もういーから乗ろうよ。これでお前が補助輪必要なレベルだったらオレ笑い飛ばすからなっ!」
「おまえおまえと……、君は、他人に対する敬意がないな」
 溜息といっしょに言われるのでツナにすれば憤慨ものだ。
 今度こそ語気を荒らげたくもなる。が、口は閉ざして骸を見返すだけにして、足はヒョイッと横にまわした。お尻はサドルに戻して自転車に乗ってみせる。
 軽く、前へと漕ぎ出して、ごくゆっくりの進度で骸をふり返った。
「もう行こうよ。イライラしてんだもん、おまえ。さっさと乗っちゃえば怖くないしすぐ乗れるようになるだろうし。オレでさえ乗れ、っえええええああああ!!」
「僕をみくびってると蹴り倒しますよ?」
「やめろっ!! 殺す気かよ!?」
「君が僕を心配するなんて五百年は早いんですよ……」声が遠のく。骸が足をかけてくるので車体も傾き、急いでペダルを回したからだ。ツナは数メートル先になった。
 車道の先は、サイクリングロードのある公園だ。
 川沿い。細長いそのエリアへと車止めをかわして進入するツナを骸のオッドアイが苦く見送る。
 ツナは、地べたを黄色く塗って色分けしてあるサイクリングロードに乗る手名前で、足を地べたへと戻した。
 さすがにちょっと困った声と表情になって気遣いも戻ってくる。
「骸……、おまえさぁ……おまえのが大丈夫かよってゆー……」
「…………」
 ツンと澄ました顔つきではある。
 手押しで車止めをかわして進んできてる彼は、そのまま、やはり手押しで綱吉のとなりにスタンバイをした。
 ツナは、極めて一般的なママチャリである自分の自転車と、骸が押してる方のマウンテンバイクを見比べる。
「……せめてフツーのレンタルすればよかったのに……」
 思わず、ツッコミする。骸は怒るだろうがもはや性格に近いのだ。
 骸はツナにすれば意外にも、怒らず普通に喋って返した。
「こっちのがカッコイイじゃないですか? 僕が乗るんですし」
「乗れてから言えたらもっとカッコイイんじゃないか」
「言いますね。乗れますが? 僕がその気になれば一瞬だ」
「目は、いじるなよ。それしたらわざわざ、……その、皆に内緒にしてコッソリ出てきた意味がなくなるっていうか……。その。えっと。わかってるんだろ骸も」
「どうでしょう」
 ごまかしてるが、肯定したも同然だ。
 ツナももう追求はしない。
 片方の靴うらを地面にくっつけたまま、しばらく骸を待ってみる。
 個々の人間性としてツナはお人好しで世話を焼くのも馴れてる方だ。そして辛抱強い一面もある。それに何より、六道骸がオレよりダメなんて珍しいわ……なんて好奇心も今回の事例にはわいてくる。
 五分ほど過ぎるのでツナは呟いた。
「なんならお手本、見せたげ……蹴るな、蹴るなああああっ!?」
「せめてこうしませんか。僕が転べば君が一枚服を脱ぐとか。少しは面白い利点を加えてみましょう」
「おまえなぁ! そんっなイヤがるなら見栄はるなよなっ。イイトコ見せようとしてそれってどーなんだよ!」
「君は僕の敵ですし?」
「テキにこそ見せていーもんかなぁ!? もうさぁ、素直に黒曜の皆といっしょに練習しとけば」
「犬は間違いなく一瞬で乗れるようになるでしょうし千種もああ見えて運動神経が高い。フランの手前、僕は完璧にやらねばなりません」
「プライドたっかいんだかひっくいんだか……っ!! もー、とにかく、乗れよ。骸!」
「僕のプライドは高くて低いんです。必要に応じて、ね」
 堂々と胸を張って言ってる男は、ようやく自分の手押ししてる赤いボディのマウンテンバイクをじっと見下ろした。
 構造について、二、三とツナに質問する。もちろんツナが知るわきゃなかった。他のサイクリング客が、サイクリングロードを軽快に鳴らして通り過ぎていった。
「……メーカーにでも電話したら?」
「はぁ。役立たずめ」
「真面目におまえのどこにプライドの低さがあるのか聞いていいか!?」
「…」前フリもなんもなく、骸は唐突に片足を曲げながら横へと投げた。ジャンプするようにしてサドルへ腰を下ろす。
 ペダルにはブーツの踵を引っかけ、押しはじめてみると前へ進む。
「お」ツナも条件反射で声が漏れた。もとから大きい目をもっと大きくさせる。
 ツナが見守るなか、彼はじわじわと前進する。
「――――…」
 まるでツナをトレースしたかのような乗り方なのであるが、ツナは気も回らずただ、素直に手をパチパチさせる。
「わー。やるじゃん、骸!」
「……あ……、乗ったら蹴れませんねこれ……ユーターンして体当たりもできないし……」
「……オレおまえの前に絶っっっ対出ないから……」
 自分のペダルも漕いで酷くゆっくり進行な骸の後を追う。
 車体をぐらつかせることもなく、ごくゆっくりの安全運転を試みてから数秒となる。変わりゆく景色に目をやるほど、余裕を見せた。
「なんだ。チョロいんですねこれ。……大したことないですね! さすが僕だ」
「ちなみにな、ユーターンできると思うから自転車だって」
 半眼で冷や汗してツッコミするツナである。
 正直、拍子抜けの結果でもあるし、予想した通りでもある。骸はぶざまに転ぶこともなくスイスイと乗るようになれた。
「なるほど。文明の利器ですね」
「でもこれちょっと遅くないですか? 面倒なシステムだ」
「チャイニーズはよくこれであんな集団走行をして事故しませんね。やろうと思えば綱吉くんだってクラッシュできるでしょう? これ」
 思うなよ。こんぐらいのスピードでいいんだよ。十年遅れてない? とか、適当に答えながらツナもサイクリングを楽しんだ。
 天気も悪くなくて川沿いの風はきもちがよかった。骸は、きゅきゅっとタイヤを鳴らしユーターンも急にかませるようになって、ツナの進路を実際に妨害した。
「クハハハハハハ! あぁ、わかりました。なんだ。安心しました、綱吉くん。君って自転車乗るのヘタなんですね!!」
「レンタル屋さんに怒られるだろ!? なあっ!! おまえそれめっちゃくちゃ失礼!!」
「なかなか面白いじゃないですか」
「言っとくけどその通過儀礼はそれこそ日本なら小学生レベルだからなっッてだからぁあああっ! ぶつかろうとするなよ!」
「僕はここで君をブッ倒すことにも躊躇いはありませんが?」
「自転車は置いとけよ!」
「自転車に乗りにきたのにその暴言ですか、沢田綱吉。呆れちゃいますね」
「おまっ!! おまっ……、大人しく乗ってろよイイから……!!!」
 と。まぁ、楽しいサイクリングの範疇ではあった。





 夕暮れどき。サイクルセンターを出てきた彼は上機嫌だ。
 私服のポケットに手を突っ込み、片手でスマートフォンをいじくる。撮影した写真を彼の仲間へと送信していた。
「思ったより悪くなかったですね。くふふ。これなら千種には負けない」
「犬さんは」
「他人と自分を比較して何になるんですか」
「お、おまえ一秒前のおまえにもそう言ってやれよ……!」
 ガーンとしてツッコミしてるツナに、六道骸はにやにやして返す。会話はどうでもいいらしい。
 スマホ画面をいじくってから綱吉へと見せた。
「綱吉くん。『沢田綱吉は補助輪でした』ってツイートしたんです、今。やっぱりこの方がウケがいいですよ?」
「――ハッ!? はぁあああああああああああああああ!?」
「クフフフフフフフフ。やはり、こうでなくては。こういう姿が見れると思っていたのに。今日は」
「げっ、幻覚の悪用をやめろ! オレへの風評被害をやめろーっ!!」
「これ幻覚じゃなくて合成写真です」
「もっと悪いわ!! ちょっっ、うわっ獄寺くん返信早いしこれデマだってツイートっっ」
 ツバを飛ばし、大慌てで自分も取り出そうとしてるのを骸が止める。パーカーのポケットをケイタイごと握ることで。
 やさしそうな微笑みできれいに頷いてみせる彼は、少なくともツナには大真面目に聞こえるトーンでもって。言いのける。
「いいではありませんか。他人のユメを壊すことは悪いことですよ綱吉くん」
「んなっ……!! ……おい、ならオレ今日のことかくからな! 骸は自転車乗れないからオレがエスコートしてあげたって!!」
「『沢田綱吉は補助輪のくせに僕が自転車に乗れないとデマを流すつもりだ』、と」
「おまっ!! おまえなあああああああああああ!!」
 自分のパーカーを両手で引っぱるツナだが骸の力は本気のそれだ。パーカーが破れてでもスマホを取らせない心づもりだ。
 じたばたした押し合いのさなか、ついでのようにも言う。
「今日は感謝してますよ。あと、君ってやっぱお人好しです。大好きですよ」
「なっ!? …………、…………。……や、いいからツイート消せよ」
 一瞬、ごまかさそうになるが沢田綱吉は真顔になってツッコミ返した。
 ちっと舌打ちする方の男も大概、目は本気である。夕暮れどきになっても天気は好かった。







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