ヒース・エデン・エリカ





1/ヒース

 必ず、君を守りますよ。そう言ったクチはあるときこうも言った。
「なぜ沢田家光はボンゴレ十代目じゃないのでしょうね?」
 あいつが嗜虐的な眼をしてたら、あいつが笑ってたら、あいつが面白がってたら、イヤガラセの一つと思ったろう。
 綱吉にとって骸はそんな男だ。
「初代の直系。今もボンゴレを束ね、戦闘能力も君より遙かに高い、申し分のない大人の男なのに。きみんとこの最大の謎じゃありませんか」
「オレにきかれても……」
 淡々としてる骸は、コチラを見もせずアイスクリームのコーンの底をほじくる。チョコミントのあざやかな色がスプーンに乗って、口角のさがった唇に呑まれていった。
 やはりアイスを見つつ、骸は限りなくどうでもよさそうに言う。
「淡々としてますね。自分のことなのに」
「いや、だって、考えたコトないし」
「考えた事が無い」
「おかしいかな? いわれてみたらまぁ父さんがボンゴレファミリー継ぐのがお似合いっていうか……オレより強いみたいだし、門外顧問とかいうなら十代目になればいいのにって感じだけど」
「なればいいのに」
 じ、とそこで骸は視線を上げる。
 綱吉が手にしてるバニラアイスクリームは、まだ半分ある。綱吉はドキリとしていた。アイスクリームに眼が留まってるうちに、自分から思ってもないことを喋っている。
「た、たべる? 食べかけだけど」
「ではお言葉にあまえて……」
 しずしずとした態度ではあるが、骸はしっかりスプーンいっぱいにバニラアイスを掬った。
 咥えつつ、カラになったコーンを見下ろす。ツマミでも摘まむよう、円錐の下を指二本で支えていた。
 なんとなくわかって、綱吉が口をはさむ。
「すてるなよ。食えよ、それ」
「でもいらないですね」
「何でカップで頼まなかったよ!? あ、あぁああああっ!! もったいなっ!!」
「ゴミ箱ってこういうときの為のもんでしょう? いらないもんは、いりません」
 ベンチの隣にある青いクズいれ。一囓りもしてないコーンとスプーンが、まとめて落とされていった。
 おまっ、信じらんないことするなっ、抗議はまるきり無視して遅れて答える。
 長い足はゆるりと組ませ、すると七部丈パンツの裾がツンと、尖る。いかついドクロの描かれたベルトで締めて、上半身に着てるのは無味乾燥なまっくろい無地Tシャツだ。綱吉が気後れするぐらいの返事だった。
「アイスコーンに乗ってるアイスがスキなんですよ、コーンは別に、それほど」
「……こ、コーンに謝れっ」
「すみません。はい、お終いです」
「つ、つくった人に謝れっ。あと工場の人にもっ。工場動かすときの電気にもっ」
「うるさいですねぇ」
「他人事かっ」
「他人事です。…あー、おいしそうですね。アイスクリーム」
「お、おまえな、食べんの早すぎるんだよ。今なんでスプーンまで捨てて……ちょっ……直接口をつけんなよ、汚いな!」
「酷いことをいいますね」
「大体おまえバニラ好きじゃないだろ、なんかスースーするとか言って、ハミガキ粉みたいなの食べれるクセしてあ、ああっ、あー、もう、仕方ないなあっ」
「……チョコミントはチョコの親戚ですよ?」
 勝手に、はむっと横から齧り付いて離れたかと思えば開口一番だ。
 眉を顰め、綱吉はベンチをずりずりと横に移動する。バニラアイスクリームには、歯のアトが残っていた。
 説教してやるつもりでパキッ。コーンの花びらのような部分を折る。バニラアイスを掬ってみせて、口に入れた。
「こーやって食べろよ、こう」
「アイスが可哀相ですよ、それ。おいしいことはおいしいですがね」
「おまえってやつはなんなんだ!?」
 空いてる手指をワナワナさせて悶える綱吉に、六道骸は涼しい眼差しだ。
 ベンチの背もたれに肘を片方ついて、キザな仕草でもって改めて見つめてくる。ロックプリントの黄色いTシャツに、ヒモ留めタイプのハーフパンツに、サンダルだ。
 メールではあるが、涼みにいきましょなんて急に誘われたのだから、この格好で精一杯だった。
 真夏の公園は、木陰がこのベンチにしかないせいか、多いのに人は皆素通りしていく。
 セミは、今は鳴いていなかった。
 溶け出していくアイスとコーンをいっしょに食べる、見本のつもりで綱吉はいつもより丁寧にやった。骸はもうまた体温が上がったのか、気怠そうな秘かな息をつく。少しするとセミが鳴きだした。
「それで」
 ぽつん。
 言葉と言葉をつなぐ単語を、まるで独立してる言葉として、ひとつ。
 後にくるのは区切りと異なる、長い沈黙だった。
 綱吉は、コーンだけをぽりぽりと噛んでいる。香ばしい、小麦の味だ。おいしいのになと胸でつぶやいた。
 食べ終えてすぐだった。明後日を見ながら骸は独り言みたいに告げた。
「見送りは断らせてもらう。いってくるといい。沢田綱吉」
 ……あ、と、声に出す。必要もなかったしいわなくても喋れるのだが、綱吉は、どうしてか無意味な発声を挟みたくなった。
「……あ、フルネームで呼ばれんの久しぶり……だな」
「かもしれませんね」
 しってるでしょうけど。この時になって骸のそれに面白がるような、皮肉な険が混じった。
「この男は六道骸なんですよ」








2/エデン

 なぜ、沢田家光はボンゴレ十代目じゃないのでしょうね? そう言ったクチは、あるときこうも言った。
「見送りは断らせてもらう。いってくるといい。沢田綱吉」
 綱吉は、片づいた自分の部屋を見回す。ベッドの足元でリュックが転がっていて、学習机は処分寸前の家具のよう、引きだしを外して立てかけてある。
 ハンモックは、まだ残っている。
 きっとここはランボかフゥ太、もしくは知らない誰かが、上手く使ってくれるだろう……。
(わかってるよ)
 なにが?
 それも、わかってる。
「…………」
 決めたのは確かに綱吉自身だった。
 どうする? と選択権は委ねられた。たしかに。たしかにだ。
 けれど、いいようのないものは確かに存在していて、綱吉は困ったように口をムズムズさせていた。
 友人や家庭教師、誰かがそばに居るときにはうまくだせない表情だった。
 息苦しさの理由は思い浮かばないが、かわり、骸の愚痴とそれに対する返事が浮かぶ。今は八つ当たりしたい気分なんだよ。だって今、いろいろ、いそがしいし。言い訳じみたものは思考を満杯にした。
 破裂してしまいそうなほど。
 がんがんと頭蓋骨が痛くなってくるほど。
「よく言った、ツナ!」
「かてきょーもコレで店じまいだな」
 あのクチは口々にそういって、皆もそういって、誰もが笑ってなりゆきを喜んでいた。
 笑うのを殆ど見なくなったのは、せいぜい六道骸だ。
 彼は眉を八の字にさせて、ただ口を動かしたみたいな、無感情な発音でもって言った。
「じゃ、最後の夏ですね。あっちは新学期が九月からですから」
「えっ」
「前言ってたプール。今年すぐってことですね、つまり。水着買ってきてくださいね。一緒に買いに行ってもいいですけど」
「えぇええええっ!?」
 夏は、ついこの間、終わった。
 綱吉はぼんやりしてまた部屋をスミからスミまで見た。頭痛どころか、眩暈がしてくるようなまぶしさだ。何もない自分の部屋というのは。
 しかし、決断をしたのは確かに自分である。
 皆に問われて、意思を尊重すると宣言されて、きみはどうしたい――選択をゆだねられて綱吉は自分で決めたのだ。リボーン、家光、九代目、ディーノ、ザンザス、獄寺、山本、みんな。ボンゴレに深く関わった者たちが集められた議会だった。綱吉が何よりも大事にしてきた人たちの眼差しを受けての、最後の最後だった。
 肩に力が入ってきて、息がきれる。綱吉はこわくなってきてベッドを立ち上がった。
 階段をおりてみて、そのときだ。
 明るい、リビング。
 ダンボールに囲まれてるそこで沢田奈々と沢田家光は、イスをぴったりくっつけてリビングテーブルに向かっていた。ボールペンを手にしている。
「やーねーもうっ……フフッ」
「奈々ぁああ……やっといっしょに住めるんだぞぉーこのぉー」
 背中をふたりして丸くさせている。くっつきすぎてるほど、くっつく。
 綱吉は、じぶんちの夫婦仲が本当に仲睦まじかったなんて、去年やっと知った。母さんの独りよがりじゃなかったんだ。
 びっくりして立ち止まる。そして、そのまま予定は変えて、リビングには入らなかった。もっと予定を変えて玄関でスニーカーを履いた。外にでると、空気は夏の色から変わって冷気を含みだしている。そこを走っていくとやっぱりまだ、夏なんだと、汗ばむ肌で実感する。夏はきっとまだ終わってない。
「……はあ……はあっ、はあ。はっはっはっはっ……はっ……ハッ……」荒い呼吸が続く。別の意味でも粗くなった。しばらくは、何も言わず、ただ夜の闇がおちてくる。
 とりあえず、自宅のまわりは住宅街だから。どこかいかなきゃ。誰かに見つかる前に。だから走った。思い浮かんだのは、ついこの間もそこでアイスを食べたし、骸に断られたし、昔からよく遊んだし、近所の公園だ。そしてベンチの先客は六道骸だ。
 普段の綱吉と同じ、気のぬけた出で立ちだった。スリッパみたいなサンダル、ハーフパンツでリアルなクマの描かれたTシャツ姿。
 肩を上下させる綱吉とは真逆に、ぴたりと止まっている。
 互いに、目は丸く、「んっ!?」とした表情のまま硬直している。
 やっと言ったのは骸の方だ。
「パジャマでどうした」
「おまえの……」
 そーゆー服あるんじゃん、いつもの綱吉なら軽くそう言えた。が。
 綱吉は、公園の入り口その場でしゃがみ込んでしまっていた。車両乗り入れ禁止のポールががつんと、強かに肩を打つ。
「っつ、おま、えのせいだ。とうさんなんて言うから。父さんとの会話の仕方なんて、わか、わかんな――のに――!」
「ちょっと。君」
「オレずっと母さんとふたりで……ふたりだけでっ!! 蒸発してたんだぞアイツ、なのにいきなり帰ってきて母さんといつもあんな感じだし何なんだよ、マフィアの顧問とかいって何なんだよ!! 強いってなんなんだよ意味わかんないよなんでだよっ!! オレが聞きたいんだよ、わかんないけど、きけないけどもうオレだしっ、わかんないだろ! わかんな……くっても……ちくしょっ……あの親父……そう、いつもそうなんだよ、そうだったんだ。あとからきて……母さんとかみんなとか当たり前のように……してるけど……あとからきてアイツほんと何なんだよ、最初からいろよ、いろよって言ったことないけどオレは――ずっと――……」
「泣いてるのか」
「……な、てな……」
「わかってますよ。ほら、拭いて。ちょっとこちらへ。目立つから」
「てな……」
 首をふろうとする綱吉を骸が制した。ハンカチを頬に当ててやってうなずく。
「こちらへ来て。あんな大人に君が涙を流すわけがないでしょう? 走ってきたから、君は疲れている」
 だからこっちへ――
 言われずとも、通じた。「うん」と綱吉はようやく納得してポールを掴んでた手をはなした。
 腰と手をとられ、リードされながら歩く綱吉は、まっ暗やみのなかで光るベンチを見た。蛾が頭上を飛んでいた。
「あそこまでいけます?」
「……ん」
 頭を、縦にふる。
 座らされてから、改めてハンカチを差し出された。綱吉は黙って目の下をふき、こわばった膝を擦り合わせる。
「鼻もかんでどうぞ。気にしないですから」
「…………ん」
 ややして、まだ混乱はしていたが、骸に尋ねる。
 ベンチには座らず、立ってこちらを見下ろしている六道骸。
「どうしてここにいるんだ……。見送りにはこないって……」
 見送っては、いないでしょう。肩をひょいと竦ませて骸が地べたを見やる。首を九十度に近く曲げたので、短い襟足のついたうなじが露わになった。
 暗い土から、それは聞こえる。
「朝までここにいたとしても、それは僕が勝手にやることで、君には関係がない。君たちには。――ですか」
「……達……って……」
「……」
 骸は、この件ではもう喋ろうとしなくなった。
 かわりに綱吉を見る。
 かつてからそうだったように。この夏は特にそうだったように、当たりさわりのない、他愛のない話を持ちかけようとする。台風が近づいてるそうですよと。
 いつもなら率先して乗っかる綱吉だった。
 今は、うつむいた。
「アイツ母さんとめちゃくちゃ仲がいいみたいなんだ」
「……。そうですか?」
「リボーンとも。オレの友達の……だれとも……みんなそう。ボンゴレの、エラいヒトだから」
「君はもっと偉くなれるでしょう」
「ちがうよ。だって父さんだもん、アイツ。……アイツ……」
「憎いんですね」
 びくっ!
 ベンチに座るただ一人が、全身を反応させる。
 鷲づかみにしてくる言葉だった。
 心と体で知ってるような気はしてるけども、蓋をして何も思わず、何も考えないで、だれしもがやってることを演ろうとする……そのためには阻害しなければならない、認識。周りの誰もがその認識をもたないのだから、綱吉は自分もそうなりたかった。
 自然、見上げる視線に、恐怖がいりまじってくる。
 パンドラの箱でもあるのだ。
 骸はしかし、その箱に対する恐怖はもたず、むしろなぜあけないのかを質問する男だった。
「あまり関わりたくはないんですが…」それでいて、骸は前置きもいれる。綱吉は知っている。骸は、手下にしてる人間達であっても綱吉であっても、魂の触れ合うような、お互いの本質をさらけ出すような会話は酷く嫌うのだ。
 綱吉を見下ろす骸は、表情らしい表情もなく、いつも通りのそれだ。
「わかりませんね」声だけ、神経質にそばだっている。
「父が憎いなら憎いといえばいい」
「できないよ」
 始めから用意できる答えだった。骸も綱吉もわかってはいる。
 なので、ここに動揺はなく、骸はなんてことないように話し続ける。
「所詮、君は人間ではなくなる。マフィアになるのです。わかってますよね」
「……わかんないよ?」
「人権などない世界にいくんです」
 まずはただ黙るような、回答だった。何を大げさなといつも使ってる脳みその大部分が反応する。が。
 体に隅々と、しみわたる。
 それはもう何年間も父親がいなくてさみしさにも馴れきってしまった肉体だからこそ理解る、体の感情だった。
 体も心もとっくにその世界に染まっているだろう男は、淡々と告知する。
 誰もいわないんだろうと、諦念と皮肉が仄かに、声音の底に色づいている。
 綱吉はそれも今は理解った。
「すべてはファミリーの為に。君もファミリーの為に今まで戦った。家光の行動はそう読み解けばわかるでしょう。個人は夏の蚊とおなじです」
 うつくしいオッドアイが、銀色のけばけばしい電光を乗せている。横にそれると公園を見渡した。
「荒野ですよ」
 腕組みをほどいて、片手を握る。
「ヒースって、わかります? 荒野に咲く花で……その花しか咲かないので、一面がヒースで支配される。それはそれは美しいものですよ。ヒースにすればエデンでしょう。次の代も必ず繁栄させられる種を選ぶでしょう。こんな他の緑など、すべて根絶やしにできる……可能性が……欲しい」
 可能性、のときには公園に並ぶ木々を指差して次々に追って、地べたに生えてる雑草一本だって指差して、最後の『欲しい』では手を握った。
 足元が、芯の骨から冷えてくるのを感じながら、綱吉は乾いたふうに笑いこぼした。
「ひどいやつだよな骸って」
「なんでそうなる」
「ひどいよ。おれもう…」
「綱吉くん」
 久方ぶりの呼び方な気がした。
 ベンチにいるまま、銀に照らされる骸を仰いでいると、いつも以上に大きく感じた。白く透き通るような肌の色が、ますますうすくなっている。
 綱吉がぼうっと見ていると、骸は、涙の乾いてないそこをまっすぐ見下ろす。
「僕は、嘘をつきませんよ。綱吉くん。言ったじゃないですか。必ず君を守りますよ。――――」
 ぼくのこのてをとってくれさえしたら――
 何回、いつ、いつから、どうやって、どんな声ででも何度、このクチから聞いたっけ……。
 うすくブラウンをはる瞳が奥で思う。綱吉はもう考えることをやめていた。
 考えていたら、理解できないと気がついてしまった。
 それは、この夏で何百回と聞いたなかで唯一、ちゃんとした返事になった。夏は終えたとしても。
 蛾がちかちかと影を落とした。
「信じて、いいのか、おまえは……」
「当然です」
 躊躇なく、骸は応える。
 ひさしぶりの目の細めかたをして口角をゆるめる。淡い微笑みは彼が心を動かされたときにやるものだと、綱吉は知っていた。








3/エリカ

「まて」
 硬い声が落ちる。
 少年は不機嫌に応じた。
「やっと眠ったところですよ」
「……どういうつもりだ」
「つもりも、なにも。見てわかるでしょう。この子は選んだ。僕も選んだ。まぁ待っていたともいえますが。少し遅すぎるくらいでした……」
「そういうことじゃないな」
 少年相手に声を荒らげる男は、タンクトップに大判トランクスにサンダルと、着の身着のままだ。急ぎ家を飛びだしてきたのがわかる。
 それを息子が見ることはなかった。
 ベンチに横たわり、座ってる少年の膝に頭を預ける。すぐ頭上でコトが起きても両眼を閉ざし、目覚めの気配すらなかった。
 柔らかな髪にスイと指がとおる。二度、三度とやさしく撫でた。
「疲れているんですよ。かわいそうに。寝かせてあげましょう」
「六道骸!!」
「手をだすならこの子を殺しますよ。僕のこの手のしたに生命があるのだから」
 ぐ。息を飲み、土がえぐれるほど踏み込んだその一歩目で、止まる。
 感情の薄い眼が見守っていた。
「約束をした。あなた方ができないことをしてあげると……、普通の……穏やかな日々が欲しいそうです。幸い、僕のところにも賑やかな連中はいますからね。直に馴染んでくれるでしょう」
「お前が、そんなことできる筈がないだろ。返せ。俺の息子だ」
「断る。出来なくても欺すことは得意なんですよね」
 何の呵責もなく言ってのける少年は、膝で眠る子を紙人形か何かのように掬い上げた。肩に担ぐ動作すらだまし絵のようだった。
 骸。まて。悲痛な叫び声が続く。無駄だと少年は告げる。
「これほど濃い幻術に生身で飛び込んでくるのはさすが沢田家光といえますが……」
「言えよ、ツナをどーするつもりだ。そのまま後生大事にお姫サマってつもりじゃねぇんだろ。マフィアに楯突くんだろ?」
「このこは荒野のエリカに間違って混ざってしまった。取り違えられたかわいいこだ。ヒースって、エリカともいうんですよ。かわいいでしょう? ピッタリだ」
 かわいそうなかわいい僕のエリカ。
 うたうよう囁く少年は肩でうなだれる彼の額を押上げて、その前髪の下に頬をよせる。怒号をきいても平然とできていた。
 子どもの髪に赤い眼のある顔半分をうずめながら、彼は、からかう悪魔みたいな態度をとる。
「あなたも哀れですね。憐れですよ。しようもない……腐った、くだらない、唾棄すべき壊れた男の一匹」
「…………!!」
 続く言葉で男は表情をただした。浮かび上がってた憤怒がサァッと潮を引かせる海のように、静まる。
「それでいて僕を行かせようとしている」
「…………わかってるのか。参るな」
「本気になればどういうことが起こるか、わからない筈がないでしょう」
「そりゃそうか」
「質問はしませんよ。ぼくは。あなたには」
「それでいい。ただな、言わせてもらうが俺も人の子の父親なんだぞ」
「いわなくていいといってるのに……」
 不満そうに舌打ちしたが、しかし、彼は立ち止まった。
 肩に男の息子を抱えるまま少々考える。
「子の幸せを願わぬ親などいない――など僕がこのこにいうと思うか? なぜ」
「……ハハッ……」
 鼻をすすり、鼻の下を指でぬぐう。男は真っ赤な充血した眼をして、子どものような表情をして、するとやはり眼のまわりに漂うものはそっくりだった。
 ぽつりと、漏らされたのは沢田綱吉の動向だった。誰にもいえずいじけるツナもおまえにはうれしそうに笑った。ツナにどんな力があるか知ってるだろう、だからきっとこの選択は……きっと……
「くだらない」
 少年が、嘲った笑いで感傷を蹴った。
「それが普段マフィアに徹してるあなたの個人的な意思というなら、僕は反吐がでますね。普段からみせりゃよかったじゃないですか。見せない誠意なんて、子どもには無いも同然だのに」
 青い眼の奥は、遠く、消し去ったものを追うように。
 どこにもない場所を棲まわせる。
 骸にも骸たちにも両親などいないことを、男は熟知していた。
「いいかげんで……身勝手なくだらない大人の事情など……僕はキライですよ」
「おい! 金に困ったら俺にこっそり電話していいからなー!!」
 ばかにしてるんですかっ。立ち込める霧の奥でツッコミしかえしてくる声が。
 息子のものが移っていると少年も男もわかってはしまうリアクションだった。少年は、もうボロをださないうちに去ると決める。腐ってもアレはこのこの父親でもあるし。
「さようなら」
 霧のなかで、別れはすぐさま立ち消えた。
 公園に蛾は飛んでいなかった。











>>>もどる