釣り

 


 ひゅんひゅん。釣り竿をふってみて、コレならオレもイケるかな、ツナは気楽にそう考えた。
 はじめてだ。けれど、山本のお父さんは寿司屋さんだ。教えてくれるという。
「テメーでできねェのか。ダメツナだな」
「何だよ。リボーンだってんーなちっこい手じゃできな…ぐぶ!!」キックを顔面で受けるツナが派手に転倒する。さりげに受け止めた山本は、もーすぐ来るってさ、のんきに告げた。
 獄寺は自分の支度は終えて、真剣な眼差しをツナの釣り具に注ぐ。
「十代目……いえ初代! どうしますか。予定どーり、山本んちのオヤジを待つか、それともオレがお教えしましょうか」
「獄寺くん? アレ、でも獄寺くんも釣りはそんなにって……」
「や、生き餌があるんでブッ刺してみました」
「めっちゃゴーカイだった!!」
 獄寺が差し出したフックは、つけすぎで大量のイトミミズが蠢く。
 思わずたじろぐツナだが、先っぽを無意味にふりまわすだけだった釣り竿は両手に握りしめる。
 川辺である。並盛町のはじっこの端だ。
 少し離れると、裸足で入水した京子たちがランボたちと水の掛け合いっこをしている。あちらは、びしょ濡れになるほど遊んでいて、しかしツナは石ころに座りつづけたお尻が痛くなったくらいの変化だ。
「…………」皆の前で恥を掻くくらいなら、なんもしないでいいや――そう打算してしまう自分は今や昔。ツナは恐る恐ると獄寺の脇の小箱を覗く。
 赤く細いワームがひしめく、ホラーちっくな空間だった。
「……うげぇ……っ」
「情けねぇぞ」
「虫好きじゃないんだよっ!」
「じゅうだ……いえ初代。噛まないので、安全ですよ」
 後から思えば、のんきな顔をしてずっとツナを見守っていた山本に代わって貰えばよかったんじゃ……という話だが今は思いつかなかった。ツナを見守るメンツに獄寺が加わった。
 額を湿らせて、うねうねる一匹を摘まんで針先へと……。
 はーっ。深く息を吐くと、友人も家庭教師も少し肩を押し下げた。獄寺は喜色満面だ。
「いっしょにやりましょう! じゅっ…初代!」
「もういっそ十代目でかまわないよ!?」
 ツッコミしてる反対側で山本も改めて座った。ちゃっかり準備万全だ。
「よーし。じゃ、まずはオレな。いくぞー」
「うん!」
「丁寧にだ! 山本。じゅ…初代が楽しみにしてんだ」
「だからいっそ十代目で……」
 ひゅんっ、釣り竿がふられる。すがすがしい川の匂いが強まった。獄寺もひゅんっ。ツナの『ひゅんっ』は。
「あれぇえぇぇぇぇぇぇーっ!?」
「ダメツナ。何をしてんだ」
「ひぃいええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーっ!?」
「十代目!!」「ツナ!?」呼びかけを背に、ツナは全力疾走だ。後ろにふってる最中にすっぽ抜けたのだ。手を前に戻すなり身を翻す速さだった。「あ!」と追加して叫ぶ獄寺は、わざわざ言い直してまた叫んだ。初代ーっ!!
 川辺周辺は森になっている。茂みを突っ切り、上を仰ぎ――。ぬかるみにスニーカーが滑ったので、立ち止まる。
 うわ!
 と、
 ずさ。
 土を鳴らしたのは、黒いジャケットに黒いボトムの細い少年だ。鳥のとさかに似た、奇っ怪な髪型をしている。切れ長のオッドアイが丸く膨らんでいた。
 木漏れ日がパラパラと散る、森のただなかに静寂が走る。
 数秒間だ。
「……おや」
「……ヒッ!? 六道骸!!」
「…」目尻をさげて少年は口角の両端をコロッとさせた。愛想よく笑って何もない場所で手を握る。
「偵察だけのつもりでしたがまぁいいでしょう。僕の前でたった一人になったのが運の尽き! 覚悟するがいい沢田綱吉!!」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
 問答無用でエモノをだされて、ツナは青くなって両手を突き出した。
「や、やめろよっ!? なんでいきなり戦うんだよっ!?」
「そう甘いことをいつまで言っていられ…」
 ふと、気がつく。赤と青のオッドアイは遠くを見た。
「甘いとか甘くないとかじゃないよ! お前とは、戦わないっ。オレそう決めてるから。いつまで狙うとか言ってるんだよ!」
「君が標的とは僕の決める事柄ですが」
 うってかわって、呆れた顔だ。文句を垂れるのと同じトーンで指摘した。
「釣り竿をなくした。そうじゃないですか? 君」骸の手からは、三叉槍が消える。
「え。なんで……」
「後ろに。ひきずっている」
 妙な指差しだった。ツナに一歩近づき、まわりこんで、ティーカップでも持つかのように手のかたち。
 ツナは、急接近に眉をひそめた。骸は蔑んだ眼差しだ。
「勘違いしないでください。君を哀れんでます」
「なっ!! なんだよ」
「背中だ、背中。まだ気づかないなんて、バカじゃないですか? まったく…」
「な、なんだよ。なにを」
 ツナの着てるTシャツの後ろに手が回っている。
 くい。引く感触。
 ここに、針がついてますよ、君。
「んなぁーっ!!?」
 確かに、うっすら一本線らしき光が後ろに伸びていた。茂みや葉っぱが左右にどいた痕跡すらあった。
 絶句してのち、頬を赤くするツナである。
 そういえばリボーンも誰も、投げたとか、飛んだとは言ってない……! 真っ赤になるツナを黙って骸が見つめている。
 初代〜!! と、呼び声は草木を揺すった。
「――なっ!? 骸!? 何をしてやがる」
「あっ。ち、違うよ獄寺くん!」
 取りあえず、ツナは手近な腕を引っぱり寄せた。
 接近しているが、友人が誤解するような悪意有る接近ではないのだから。それにバツの悪さが何よりだった。
「…………」見開かれる二色のまなこは、ツナを確認している。
 ツナは、獄寺に必死になった。
「偶然なんだよ。骸はたまたま通りがかったみたいで――その……っ、釣り竿? 探すの手伝ってたんだ。だよな、骸!? 取れたか!?」
「まぁ…」
 とっくに取っていた針をツナに見せる。
 手で糸を辿れば、さんさんとした光のなかを蜘蛛の糸のようなものが踊る。釣り竿はぴょんっと飛び出た。
「ほら!」
 ツナは、安堵する。停戦の誘いに骸が乗ってきた事実も加味された。
 釣り竿を両手で握って友人をふり返り、次いで――陽差しが半分当たって左側が白んでいる六道骸だ。気づいたことが、真っ先に口を突いた。
「そいえばお前と初めて会ったのもこんな森だったな。骸も釣りしていくか?」
「はあ…」噛みふくめるよう、曖昧なうめき。
 それでも両目はツナを確認する――確認し続けて、まったく悪意なく、子どもじみた思い付きであると確信していく。ツナはツナで、何で今誘ったんだろ? となって眉を寄せた。
 骸の指は、ツナの手のひらに一文字を引くようにして針を残した。
 その手を自分に戻し、片方の前髪を耳へと引っ掛けながら、
「――どうしてもと言うのなら?」
 イヤミっぽい気障男のていで言う。「君の陣営と僕の側、どちらが多く釣れるか賭けてやってもいいですよ。勝てば君の体が当然頂けるのでしょう。お前達!」
「びょ〜〜〜〜ん!!」
「呼ぶまで長いわよぉ骸ちゃん!!」
 ガササ!! 犬とM・Mが真っ先に飛び出して千種とフランが遅く出た。愕然としてるツナの前に、つまり骸とツナの間に獄寺が割り込んだ。
「そーくるのぉっ!?」
「コッチにゃ寿司屋がいるんです、蹴散らしてやりましょう! じゅーだ初代!」
「混ざってるし!!」
 おーい……山本と山本父と、あと山本の肩に座っているリボーンだった。歩いてやってくる。
 ツナは、彼らへ苦く明るい笑顔を向けた。
「す、すいません! なんかまたぐちゃぐちゃになっちゃって……」
「いいんじゃね?」
「あー、いいってことよ。いつも楽しそうで羨ましいな!」
「寿司屋のあなたは審判役ですよ。言っておきますが。そして一番高い釣り竿を僕に渡しなさい」
「なんで偉そうなんだ骸はっ!?」集団で茂みを掻き分けて戻るなか、ツナはガーンッ! と隣にツッコミせざるを得ない。
「…」でもなんだか、骸を心から嫌う気はしていない。昔からそうだった。
 出来心で尋ねてみる。
「……別に体はやらないけど。オレがもし勝ったらどうなるの」
「何もないですね」
「オイ!!」
 骸はいじわるな目と口許を美貌に混ぜた。クフフ。特徴のある、変な笑い方が彼のシンボルだ。
 やっぱ変なやつなんだよな、ツナは改めて思った。
「強いていうなら一日くらいデートしてあげてもいいですよ」




>>>もどる