骸の半袖と梅雨のお誕生日

 


「なんですか、ジロジロ見て」
「あっ」
 声がハネた。
 慌てて反らした目で明後日を見やる。今度は逆に、オレがジロジロ見られてる。
「…………」
「……なんですか」
「な、何も言ってないだろ。つーかお前こそ、何? ジロジロみるなよ」
「見てますからそりゃ」
 そーゆー返しアリなのかよッ! 内心でがーんとツッコミしてるけど、顔に出ているんだろう。くふ、と骸が聞き慣れた含み笑いを落としていった。
「僕の夏服、珍しいですか」
「い、いやっ……」
 否定はした。オレはしょっちゅう骸と会ってる訳じゃない。
 たまに、トラブルがあると骸は並盛町へとやってくる。
 昔っからオレはなんか遭遇率が高い。
 ご近所で騒ぎがあると、大抵それは友だちの誰かでハルや獄寺くんやリボーンだったり、刺客だったりした。
 だから、なんだかんだで骸にもそれなりに会うけど……。
「珍しいでしょう」
「そんなぁーことは、ないんじゃ」
 ふつうに喋ろうとすると、却ってヘンに喉に力が入る。汗を掻いちゃいそうだ。
 でも骸が何気なく言うのには顔を上げた。
 骸は、二の腕も肘も、手首も露わに伸ばして半袖を着用していた。黒、と描かれた校章がいくつか散りばめてあった。簡単に肩章みたいなのもついてて、さすが黒曜中学って貫禄だった。
 半袖は、オレもそうだ。だって昨日から蒸すようになった。制服の衣替えは当たり前だ。暑いから。
 六月九日。今日の天気は、悪くない。
 朝の晴れた空の下で六道骸はオレを見ながら、何の溜めもなく、それを口にした。
「半そで、初めて着ていますから」
「ええ!? はじめて」
「そうです。本当は昔もよく着てましたけどね」
「ど、どっちだよっ!? 前言撤回早ぇーなっ!?」
「クフ、嘘ではありません」
 なんだ、こいつ。
 いや骸が妙なやつだってのは、今更だ。
 聞ける気がして骸を見上げた。コイツはオレよりちょっと、背が上だ。
「黒曜の夏服だよな」
「そうですよ。暑くなってきましたから」
「あー。梅雨もあるから。ジメってつらいだろ」
「そうですね。長袖はげんなりします」
「お前でもそう思うんだ?」笑いながら言ってるオレはけっこう失礼なヤツなんだろうけど、まぁ相手は骸だ。
 骸には礼儀を払うとかなんか、色々と今更だった。オレより年上らしいけど。
 実際、骸も慣れたように何も言わない。そこに関しては。
 むしろ機嫌はよさそうだ。口の端をナナメに切り上げて、――オレの顔を何気なく覗いてきた。
「……」
 びっくりして後ろにさがる。
 骸はオレの右手側に立ってたから、アイツの左目がどアップだ。文字がない方の青い目玉だ。
 何を考えているのか、骸はその近さで勝手に解説をやりだした。
「持ってはいたんですが長らく着てなかったんですよ。嫌いだったんで」
 はんそで? きらい?
 オレは言わずとも質問してるみたいで骸がさらに少し、口角を上げた。
「でも、今はそれほどでもなく。日本の夏はウザ苦しくてたまりませんから、僕も衣替えしてみました。ついでに久々に登校なんてしてみようかと思うわけです。せっかくの夏服ですから、お披露目が必要だ」
 ひ、ひさびさの登校っつったな、コイツ……。
 スニーカーをズラしてもうちょっと距離を空けて、オレはまた改めて六道骸をうかがい見た。
 夏服って無防備なんだなって言われて気がついた。いや、言われてはないけど。
 オレの視線を追ったのか、見ているうちから骸がその部位を手で触った。左腕をなぞって手首を、首筋も。どこも堂々と晒し出してる素肌だ。
 なんか妙にくねってる男を前に、オレにどうしろっていうんだよ、て感じだけど……。
 いつになく爽やかな美少年ってふうに見えるから……。
「似合うんじゃん?」
「…………でしょう!?」
「え!? う、うん」
「何を着ても嵌まるんですよ、僕は! クハハハハハハハハハハハ!!」
「!? あ、う!?」
 オレには予想外の反応で、ビクッ! と跳ねたきり声がでてこなくなった。
 骸はうれしそうに夏服の自分の胸を指でぎゅっと握りよせている。
 俯くものだから髪も乱れてぱさぱさと額にかかっていた。
 大丈夫? 獄寺くんとかだったら、オレ、そう言えるんだけど……骸だ。ビク!! と跳ねた姿勢のまんまでオレは青くなって後退るしかなかった。
「ヒッ。ひえっ!?」
「今日、したかったんですよ。どうせいつかは着たいなら。沢田綱吉、僕の名前を知っていますか?」
「ハァ〜〜ッ!? も、何なんだよ〜〜ッ!?」
「いずれ君を倒す男なんですよ。僕は、成長し続ける男ですから」
 細い眉をまっすぐ伸ばして、俯きがちな視線からもオレを射抜き見た。ふしぎと青い右目が、青よりも淡い水色を感じさせた。
 そして奥で瞬く右目の鼓動が、見えてないのにまるでオーラで感じられた。赤くまとった水蒸気だ。
 ぞく、ときて、骸にはこれ以上は近寄ってほしくないと思えた。
「ろ、ろくどうむくろ……」
 骸は、オレに遠慮なく接近する。夏服のこの人は確かに、成長したっていうかパワーアップしている。色々。
「もう一回」
 今度はハッキリとオレも近づかれた分だけ後退った。
「六道骸!」
 オレも声に力がこもる。
 骸は自分の口元からあごへと手をかけた。眉を八の字にして、くふふっ! くふふ! 乱発させた。何を困って笑うことがあるというのか。
 予鈴が聞こえてきて「あ!?」青くなるオレに、骸はオッドアイを細めている。
 うっとりとするよう、息を吐いた。
「……それでは。もう君に用はありません。行っていいですよ」
「はぁああっ!? な、なんだよそれ!!」
「まぁ僕が行きますけどね。では、沢田綱吉。次会ったときはお前は倒します」
「何なのーっ!?」
 手をわきわきさせてツッコミするも、並盛に遅刻するって運命はどーにもならなさそうだ。
 今日は獄寺くんが迎えにこないって連絡があった。昨晩、何やら誰かに襲撃されて今はフランスに決着つけに行ってるとか。昨晩からオレの友人は襲撃されまくっていてオレは今日は一人なんだ。
 半袖の制服姿で翻すようなジャケットもじゃらじゃら鳴らすような小道具もなく、骸は颯爽と歩いて去っていく。
 オレのツッコミは、聞こえてるはずだ。
「何しにきてんだよアイツ!!」
「鈍い子ですねぇ」
「遅刻しちゃうだろっ!?」
「さっさと行ったらどうですか」
 毒づくのがかすかに後ろから聞こえた。言われなくても走ってるよ!
「……あっ、制服、披露しにきたのか……」
 オレにも……見せるため……。
 ――って。
「なんでだよ!!」
 オレは、並中生のいない通学路におもいっきりツッコミした。




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