VS10年後



1.六道骸、2度来る!

 六道骸が並盛町に戻ってきた。
 彼の安否を案じたボンゴレ十代目、沢田綱吉ことツナには吉報であり凶報である。
「ありがとうは?」
 昼下がり、ツンと澄ました面持ちで、黒曜中制服姿の骸が凄んでみせる。並中指定カバンを拾おうと中腰になったツナは面を喰らった。
「何をしてたんですか。僕には緑中の馬鹿共にカツアゲされてるように見えましたよ。イタリアンマフィア界頂点に君臨する筈のボンゴレ十代目が!」
「ご、ゴメン」
 謝る以外に取るべき道がわからず、口角を引き攣らせる。
 学校帰りに絡まれるなんて久しぶり――なんて、割りと脳天気に構えていたのだが、今は心底からドキドキしている。こちらのがよっぽど『絡まれた』という事態だ。
 骸は、腹立たしそうに軽蔑の凍った光りを目に浮かべた。
「どうして使わないんですか。君の力を」
「相手はフツウの中学生だぞ? ハイパーモードになってどうするんだよ」
 正論を述べたつもりだが、不気味な沈黙が返ってきたので固唾を呑む。ツナはそそくさと立ち去ろうとした。
「助けてくれたのは感謝してるから。その、あ、ありがとう……、ございます」
(でもいきなり殴りかかるってやばいよ。怖ェーよ!)
 唐突にカツアゲ犯が殴り飛ばされたので、ツナには、新手のカツアゲが出現したように見えもしたのだった。
「くだらない少年漫画の第一話で起きてそうな救出劇に僕を巻きこまないでくれますか。馬鹿らしい」
 そう言いながら、骸が後をついてくる。
 不思議に思ったが、ボンゴレファミリーに絡んだ何かだけが、骸が並盛町に来る理由である。彼が沢田家に向かうのは当然だ。ツナには何も覚えがないので、呼び出したのはリボーンだろう。でもリボーンは……。
「ちゃんと、スキみて逃げる気でいたんだぞ」
 気まずい場面を見られたが故のフォローを、まず呟いた。
 ほう。やたらと冷淡な相槌。
「何も考えないでやられっ放しだったんじゃないんだ。今のやつらが本気で襲ってきたらちゃんと避け――」
「ほほう」
 今度の相槌は氷結している。いやな予感に背筋が凍った――、が。
「だぁぁぁぁぁっ?!」
 げし!
 あっけなく、ツナの後尻が革靴で蹴られた。
「おや。避けられませんでしたね」
「なぁぁぁっ、何すんだよ?!」
「本気で襲われたら逃げられるんでしょう? ほら」
「だっ! だぁあああああっ! やめてください!」
 慌てて前に走るツナを、フッとした嘆息が追いかける。右手を『やれやれですね』と、顔の隣まで持ちあげて、前髪を耳にかけながら、六道骸が挑発的に皮肉の笑みを浮かべた。
「情けない悲鳴に疾い逃げ足ですね。これがボンゴレ十代目の本性ですか」
「おま、ホントに何しにきたんだよ!」
 冷や汗を浮つかせた顔で、ツナは戦慄しながら振向いた。
「言っとくけど、リボーンならウチにいないぞ。ビアンキと温泉旅行に行ってるんだよ!」
「…………何ですって?」
「一泊二日! 明日には帰ってくるって」
 朱と蒼のオッドアイが輪郭を膨らませる。知らずに並盛町に来てしまったのだ。ジンと痛むお尻を感じて、ツナはカバンを盾として体に引っ張り寄せた。
 六道骸――。気が合わない。怖い。性格が合わない。ツナとは特別な軋轢がいくつもある――、嫌な思い出がいっぱいだ。
 というわけで、
「……じゃ、また来いよ!」
 ダッ! と、いきなり走りだしての離脱を試みた。
 骸がボソリと何かを呟く。
「墜ちろ。そして巡れ……」
「あぁっ?! 聞きたくないのになんか聞こえるーッ?!」
「覚えてなさい、沢田綱吉」
「だぁぁぁぁぁぁああ!」
 とにかくも彼の視界から出るべくツナは全力疾走である。

「な、なんとか撒いた……か……」
 手で顎を拭きつつ、ツナがあたりを警戒する。
 骸は最初から追跡の気配なんか見せていないが、そこは気分の問題だ。住宅街が静寂に満ちているのに満足した。
(これでホントに邪魔者が消えた。今日はせっかくリボーンがいないしガッコも五限までなんだから、獄寺くんは買い出し、山本は部活! ゆっくりとゲームするって決めてンだぞオレはっ)
 のんびりと落ちゲーもしくは音ゲーを嗜む……っ!
 至福のリラックスタイムである。前までは単なる暇つぶしだったがボンゴレ十代目として激闘に巻きこまれる今はまるでフランス料理が常食にされた中で目清カップラーメンを食べる機会をいただけた気分である。
(久しぶりに『ぶよぶよ』でもやろ!)
 沢田家の屋根が見えた、その時だ。
 ボウンッ!
 白い煙がツナの前で急成長した。きのこ雲がツナの身長を追い越して発達する。ピッタリ三秒で、モヤが、紐解けるように晴れて、中に収まっていた何かを出現させた。
「?! え?!」
 二本の腕が伸びた。
 ツナの顔へと降りてくる。ソッ。頬の両側を指の腹でやさしく抑えるとナナメ四十五度を上向かせた。
(お……オレのゲームする時間が消える!)
 顔を見る直前に、トラブルを察知してツナは悲嘆する。
 ――一目見て、大きな悲鳴をあげた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ?!」
「クフッ!」
 その存在は、バッと両腕を広げて硬くツナに抱き付いた。
「綱吉くんッ! 発見、ですね!」
 巨躰の胸に頬を潰されたツナが、まだ悲鳴をあげている。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあああああーっっっ?!」
「うわー。ちっちゃ! 細い! 筋肉全然ないですね。フランス人形と日本人形と綱吉くんを足して三で割ったような可愛らしさじゃありませんか!」
「それじゃー個別に人形と人形とオレが残るだけだろがっ!」
 半ばクセでノリツッコミしつつ、信じられない気持ちで青年の胸にあごをついて目線をあげる。
 背が高く、男性らしい角張った顔付きと体付き。二十代真ん中くらいの青年。
 オッドアイ。ブルーブラックヘア。擬似的パイナップル。六道骸の特徴を完備していた。
 彼はニッコリとして猫の細目を作る。綱吉の腋下に手をいれて軽く抱きあげると、下から覗き込んだ。
「どうも。お久しぶりですね、十四歳の沢田綱吉くん」
「な、なんで……。お前がここに」
(こいつ、十年後の――、六道骸?!)
 疑問には答えず、十年後の骸はニコッとして小首を傾げる。
「つまりね、フランス人形と日本人形に挟まれたように華があるってことですよ」
(こ、このワケわからんセンス! 骸か)
 なんだか妙に納得した。
 後頭部の房やら、黒紐一本で束ねた髪が腰あたりまで伸びているのを見やる。藍黒色のローライズデニムパンツに、白いシャツを着て休日といった雰囲気だ。霧のリングを通したチェーンネックレスが首から下がっていた。
 足をバタバタさせたが、解放してくれる気配がなかった。
「む、骸――、さん。骸さんっ、ちょ、離してください! わっ?! す、擦り付くなよぉぉぉぉぉぉっ?!」
「ピチピチですねー、沢田綱吉!」
 うれしそうに、小学生に興奮する変態じみたことを囁いてツナの胸に鼻を埋める。ふかふか、ふかふか! フカフカされつつ、綱吉は小動物的に怯えて鳥肌を立てた。
「お。お前、なんか、ちょおっとっつーかメッチャクチャにキャラ違くないかっ?!」

 

2.骸VS骸?

 太陽がまだ高く在る。顔は正面、眼球だけを上に向かせて、六道骸は胸中で嘆く。
(わざわざ僕が出向いたのに何たる扱いだ、あのクソチビ。そもそもボンゴレファミリーの資金をちょっと横領したぐらいでギャアギャアとうるさすぎる)
 この追求をどう避わすか……。
 迂闊に六道骸を懐に入れたそっちが悪い、とは思うのだが、リボーンもどちらかというと泥棒の理論を振りかざすタイプだろうから追求を逃れるのは至難のワザだろう。
(買収は無理だろうか? ……蛇の道はヘビというがな)
 盗んだ金を大人しく返すという選択肢は保留中だ。
 マフィアという組織はやはり嫌いなのでそこからくすねた大金は大きな意味がある。
 窮地を切り抜ける手段を模索して、割りとすぐに、沢田綱吉の童顔が思い浮かんだ。彼への八つ当たりは骸にとって最終手段であるが……。
(また――。『する』のも――)
 それはそれでやり甲斐がある。もはや彼は骸のコンプレックスを様々に刺激する存在へと成長した。幸いにも、もう、既にそういった『関係』はあるのだから――。
 そんな恐ろしい企てを脳裏に展開させながらも六道骸は大通りを歩いていた。もののついでに、敵情を視察しているのだ。
 敵の、ボンゴレファミリーの巣窟と化している並盛町を。
 ポケットに両手を突っ込み、睨みつけながら歩いているせいか、はたまた黒曜中の制服のせいか派手な容姿のせいか、何度か、通行人が独りでに骸に道を譲った。
 つまらない町だ。
 その印象をさらに強めて、人々の呑気な生態を嘲笑う。
 そんな骸だったが口角の不気味な哄笑がある瞬間をもって掻き消えた。前から見知った少年がやって来る。
 なんで彼が――。帰ったんじゃ――。
 思ったが、隣を歩く男性に気付くと呆然とした。
「…………?!」
(誰だ? あの男……)
 見たことがない男だった。沢田綱吉は、隣の男に気遣うような頑張った笑顔を向けている。
 胸に痺れが走った。瞬く間に暴力的な衝動が走って知らない男の方を睨みつける。沢田綱吉の方も睨んだ。
(僕から逃げておいて。何をしてるんだ。他人との約束があったから余所余所しかったのか?)
 妙に納得しながらもつい蔑む目をしてしまう。ツナの八方美人ぶりは骸の鼻について仕方ないのだ。
 もう少し、二人の態度でも観察してやろうという気になった。隠れる場所を探す、が、だが骸は青年がもっと近づいてくると愕然とした。
 あの目は――。そんな、馬鹿な!

「ニュウ十年後バズーカなんて、いつ開発されたんですか?」
 聞き慣れない単語――それも白蘭との戦闘を経験し、一度は十年後世界に旅立ったツナでも、想像がつきづらい。バズーカに新型が出来ただなんて!
 好きに、十年前と十年後を行き来できるタイムスリップバズーカだと言う。
 青年は機嫌良く頷いた。
「君が帰ってから割りとすぐですね。参っちゃいますよ。君に会いに来たら故障してそのまま帰れなくなるなんて!」
「あ、あり得るのか……? そんなこと、オレ、初めて聞きますよ」
「短い間かもしれませんがよろしくお願いしますよ。綱吉くん」
「ほ……、本気で……?!」
 そうは訊いたが、青年の手には既にビニール袋があった。日用品の歯磨きやら下着やらを購入してしまった。しばらく居候すると彼は主張する。
「お前の言ってる話、全部本当なんだろうな?」
 何となく疑わしいので重ねて訊いた。
「なんか裏の目的があったりしない?」
「僕を信用していないんですか、君は。本当ですよ〜。戻れない間くらい、面倒見てくれないんですか。僕と君の仲なのに」
(どんな仲だ……?)
 先程、尻を蹴ってきた十五歳の方の六道骸を思い出してみる。そして――。微かに胸底を焦がして跋の悪さを噛みしめた。
(いじめ大好きなヤツと被害者じゃないか)
 半眼で呆れ顔をする、が、驚きがすぐに表情全てに上塗りされた。
 十五歳の方が、商店街の出口で待ち伏せしていたのだ。彼は腕組みして心底からの不信に険しい顔をしている。
「ゲッ……」
 口がパクパクとした。
「君は一体、『何』を連れているんですか?」
 慎重な口調。
 眉目を警戒に歪めて、六道骸が二人の前に立ち塞がった。
「む、骸! お、ま――、っ!」
 ツナがさらにギョッとしたのは青年・六道骸の態度だった。まったく動揺していなかった。むしろ、若い自分を見つけて嬉嬉と名前を呼ぶ。
「六道骸!」
「……来るな。貴様、何者だ」
「おやッ。さすが、僕だ。クフフ。僕が怖いですか」
 さすが六道骸と言うべきか、過去の自分にすらもサディスティックな笑みを向けて、同じく臨戦態勢を取る。
 すなわち、亜空間から三叉槍を召還して構えるポーズだ。
 ジャキンッ!
 二人の骸が三叉槍を突合わせた。
「まっ、待ってよ!」
 血の気が引いた悲鳴の主はツナだ。
 周囲の人通りを気にして青年の腕を引っ張る。どうにかして人通りの少ない道に押し込んだ。
「場所を考えろよっ! 何してんだ!」
「細かいことを気にしますねえ」
「細かいっつーか常識って言ってください!」
 一応、大幅に年の差があるので敬語を使いつつも、背汗を感じるツナである。
 六道骸十五歳もついてきた。
 油断なく、こちらを見比べてくる。
「ニセモノか? ボンゴレファミリーが用意したのか。イミテーションにしては精巧な右目と見えるが。目的はなんだ?」
 骸の視線は、特に、青年骸の右目に注がれた。
 ――同じものが二つとある筈がない!
 ツナにもその心理が読み取れるほど骸が動揺している。ちょっと申し訳なくなってきて、ツナは説明を優先させることにした。
「こちら、六道骸さんだよ。十年後の……、えーと、お前、今は十五歳だったよな? こっちはだから二十五歳だ。十年後バズーカの故障で帰れなくなってるんだよ」
「……はぁ?!」
 らしくない素っ頓狂な悲鳴。
 二十秒ほど呆けて、三十秒ほど考えて、十秒ほど躊躇ってから、つまり一分後に骸が三叉槍の先端をツナに向けた。
 慌ててその場を後退り、ツナが大きなわめき声をあげた。
「だぁぁぁぁぁぁぁっ?! ウソ言ってないって!」
「つまらない偽証で命を落としたいのか、ボンゴレ十代目」
「クフッフッフッフ。ところが綱吉くんは真実しか口にしていませんよ」
 さりげなく、間に入りながら、青年が歯を見せる。
「……クン? つなよしくん?」
 お前、何を言ってるんだという驚異の表情で、骸が何度も沢田綱吉の呼称を繰り返した。
 青年は、槍を持つ手の反対で、キザったらしく右側の前髪を掻上げた。パチリと右目でウインクをくれる。
「どうも。骸。若き過ちの日々をどう過ごしていますか」
「……、お前が……、僕の未来だって?」
 骸と骸が、お互いを観察し合った。
 流れる緊張感に後退ったが、さすがに逃げだすという選択肢は胸に秘めるしか無く、ツナはおっかなびっくり説明の続きを試みた。
「本物なのは間違いと思うよ。確かに六道骸さんだ」
「なぜそんなことを言う」
「……なんとなくわかるから」
 それが、超直感だ。
 事実だけ口にしたつもりのツナだが少年六道骸は耳を赤くして反抗的な目つきをした。早口で罵声を浴びせてくる。
「君に僕の何がわかると言うんだ」
「難しく考えるなよ。なんとなくなんだから」
「知ったような口をきくな!」
 槍先の近くを両手で握り、骸が唾を飛ばす。
「マ、マフィア風情が! そのクセ、聖人ぶるところに虫酸が走るんですよ!」
「そうとしか言えないんだって! ちょっ、オレに槍向けんなよ! と、とにかく――骸さんだ。それは事実だってば」
「黙れ!」
 耳の赤らみが両方の頬まで伸びている。
 眉間に縦皺を作って鬼の形相でツナを睨みつけ、だが、骸は、同時にツナに向かって槍を持たない手を差しだした。
「取りあえず、こちらに来なさい」
「えっ?」
 決まり悪げな骸をまじまじ見返した。
「沢田綱吉。一応は君の守護者ですから。君がわけのわからない輩と二人きりでいる場面を見過ごすわけにはいきません」
「えぇ?! ええッ。い、いや、でもこの人もお前――」
 言いつつも、ツナは本当は負のオーラを発してる骸に近づくのがイヤだった。有無を言わせぬ剣幕で骸がツナにガンを飛ばす。
「来いっつってんですよ」
「ヒィーッ?!」
 不良少年の本気のガン付けに仰け反るツナだが、その隣の青年・六道骸も普通の態度ではなかった。彼は大きな手で額を抑えて黄昏れがかった蒼い顔をしている。
「……僕って……こんなだだ漏れだったんでしょうか……?」
「沢田綱吉!」
「な、なんだよお前はーっ、怒るなよ」
 怒鳴られたせいか足が勝手に骸の元へ行こうとした。だが、ツナの腰に腕が絡みつく。
「おっと。行かせませんよ」
「うわっ?! うわぁぁぁあぁぁ!」
 抱き寄せられて慌てるが、ツナのリアクションに構わず骸青年は明後日を眺める。口角をヒクつかせ、遠くに想いを馳せて現実逃避の横顔だ。
「僕の青春だったんですかね……」
「む、骸さんっ?!」
「……くっ」
 少年の方が槍を持ち直す。いつでも襲いかかれる体勢を取った。
 後ろから抱き付いた青年は、ツナの右耳の裏に柔らかい何かを押付ける。チュッとした音がした。
(……えっ?! えええっ? な、何して)
「若気の至りを突きつけられたようでちょっと堪えちゃいますよ」
「っ、な、なに? うわっ。や、やめろ〜〜〜〜っ!!」
 もう疑いようがない。
 チュ、チュ、耳たぶを軽く吸われていく。
 驚きに口を丸くして、呆けていた六道骸少年だったが、悶えるツナと微かに聞こえるキスの異音とで次第に想像がついた――、一気に、怒りで目を剥く。
「何しているんだっ?! 貴様はっ!」
 動揺に声が上擦った。
「チューですよ」
 腰に絡んだ両腕にしっかりと躰を固定されつつ、ツナは混乱して首を左右に振った。
「あぁぁぁぁぁぁっ?! なっ、なにすんですか! は、離してください〜〜っ!」
「くふっ。ウブですね。まだ誰の色にも染まっていない新雪の反応だ……」
 いやらしい手つきが、ツナの下腹部あたりをゆっくり撫でる。
 両脚にゾワゾワくるセクシャルな悪戯に思わず顔面が熱くなった。予想外に甲高い声が出て余計に恥ずかしくなる。
「やァッ……! は、離せ! こら!」
「おまけに声までまだちょっと女の子っぽい甲高さが残ってますね。かわいい。くふふ、十年という歳月はやはり長いな」
「ひーとーのーッ、話をッ、聞け〜〜っ! ちょ、あ、む、骸……っ! 骸ッ」
 咄嗟に、助けを求めて少年の六道骸に哀願のまなこを向けた。青年に拉致されている様を唖然と眺めている。
「…………」
「お、おい、むくろっ?!」
「クフフ。あっちに行っちゃダメですよ。綱吉くん」
 青年はご満悦に自分の肉体とツナの体を押付け合う。ツナに名前を呼ばれ、しかも青年にはケンカを売られていると遅れて悟って骸がハッとした。
「な……、貴様」
 紛いようのない殺気が、骸の全身から滲みだした。
「だぁぁぁぁぁぁあああ?!」
 悲鳴につられて、鋭い眼光が矛先を変えてツナを睨む。
「君も君で一体何してるんだ、ボンゴレ十代目! そんな男の手など打ち払え!」
「だッ、だって、動けないっ!」
 一連の戸惑いと腹立ちをすべて叩きつけるように骸が声を荒げる。
「惰弱なコト言ってんじゃないですよ! つまんない偽善主義などどうでもいい、とっとと背後の男を殴り倒せないんですか」
「あ、あ〜の〜な〜ッ?! だから、ハイパーモードでそうそう人を殴れるもんじゃないんだって……」
「クフフフフフフフフ」
 青年には、異能の力を持ち出したくないツナの葛藤がわかったらしい。機嫌良くツナの耳朶を舌で舐めた。
「んぎゃあっ?!」
 これは、ありありと感触を感じてしまってツナが肩を竦ませた。
「相変わらず。だ。君は、十年経っても十年戻っても変わらない。そういうところが。――愛しいじゃありませんか」
「…………っ?! 馬鹿じゃないか?!」
 ツナよりも六道骸少年のがめざましいリアクションを取った。
「十年後……まで……こうなのか?!」
 ――町一つを楽に消滅させる力があっても中学生に絡まれてるし大人に拉致されたりするこの現状が十年後まで!
「ば、馬鹿なっ」
 理解に苦しんで骸が引き攣る。
「お人好しで済むのか?! 心優しいで済んでいいのか?! バカだ! 救いようもなく自堕落なのと紙一重だそれは! 面倒くさがってるだけじゃないだろうな沢田綱吉!」
「…………」
 ツナは驚いて青年を振向いていた。骸がまだ何か怒っている。
「真性の痴れ者じゃないか!」
(オレ、十年後もこうなのか――)
 呆けている茶色いガラス玉に気が付いて、青年が、覗き込みながら優しく微笑んだ。ツナがこっそり抱いていた不安を拭ってくれる優しいものだった。
「心配しなくて大丈夫ですよ」
 思わず、息を呑んで、ツナが骸の言葉に浸る。
(こ、この人。意外と――)
 意外と――、
 頭の中身はものすごくマトモで――、
 ツナのことを、本気で考えてくれているのかも知れない。
 だが感動を台無しにするようなことを少年がわめいた。
「行使されぬ力など無いも同じだッ。沢田綱吉、いい加減にしろよ。どこまで人をおちょくるつもりですか、大ッッ嫌いですよそういう偽善主義!」
「ウッ……ウグッ……」
 本気の糾弾にツナがガクリと肩を落とす。骸は出来た傷口に塩を塗る。
「ざっけんじゃないですよ? 君ね、ボンゴレの力がなかったら、ただの愚図でマヌケで考えナシの役立たずじゃないですか」
「わ……悪かったな……」
 残りライフが1になったしょげた声だ。だが塩が入念になお叩き付けられる。
「迷惑なんですよ。そんな偽善たっぷりの考えを振りかざして町を歩かないでくれますか? 僕には目障りでしょうがない。今日だってそうだ! 日に何度も君のツラ見かけるなんて最悪ですよ!」
「ん、んな、むちゃくちゃなっ」
「ドジ。ノロマ。ボンゴレの生まれでなかったら史上最悪のグズ。最低ですよ!」
 怒濤の勢いに圧されて口をパクつかせつつ青褪める。ツナは悲しげに眉尻を下げて上目遣いを送る。
「そ……。そこまで言わなくても…………っ」
「っ、何ですかその目は! 人の良さをウリにした偽善者に僕は心を動かされたりはしない!」
「う、うぅ?!」
「うーむ。けっこう僕って鬼ですね。客観的に観ると……」
 ツナの傍らで、青年が難しい顔をして顎に人差し指の関節を宛がっていた。ちょっと青褪めている。
「こんなに過酷に全人格否定レベルでしたっけ……? もうちょっとかわいい攻撃してたよ〜な……」
 ぶつぶつと小声で呻いて、ツナが「悪かった」とか呟く声で現実に引き戻される。ツナはしょんぼりとして落ちこんでいた。
「まあまあ、ふたりとも!」
 年長者の貫禄を発揮して、青年が少年二人の間に立った。
「落ち着きましょう。話の整理をしようじゃありませんか」
「引っ込んでろ!」
 一喝して、骸が、ツナの額にズイと人差し指を突きつけた。
「すぐそうやって謝るのも気に入りませんよ。なんでもかんでも謝罪で許されると? 君の住んでる世界はまるで粉砂糖ですね! ハッ! 絶対許しませんよ、僕は!」
「ううッ、オレにどないしろって言うんだ!」
「何かする気があるんですか? なら土下座して僕の靴でも舐めてみてくださいよ」
「ンなこと誰がするかぁぁぁああ!」
 頭を抱えて仰け反るツナに骸が言葉でもって釘を打つ。
「この偽善者め」
「うう?!」
「何でそうなるんですか、骸」
 ある意味でのセルフツッコミを繰り出しつつ、六道骸青年が手でどうどうとして少年達にクールダウンを促す。事態は混乱してきて収集が付かなくなりつつあった。
 少年のオッドアイが、剣呑に二十五歳を睨み上げた。
「僕と沢田綱吉の問題だ。口を出すな」
「…………」
 青年・六道骸が微かに目の色を変える。
 短い沈黙の直後、ツナの肩を抱き寄せた。先程のダメージにちょっと呆けていたのでツナはされるがままに骸の大きな手に頭を撫でられる。
「僕の綱吉くんがこんな顔をさせられているのに黙っていられるワケないでしょう」
 二十五歳の骸は、子どもを注意するノリで人差し指を左右に振った。
「ひねくれてた自覚はありますけど。改めて観ると本当に酷いですよ君は。もう少し優しくしてあげないと嫌われますよ?」
「僕もその男は嫌いですが?」
「うそですね。また後で落ちこみますよ?」
「っ、なっ……、なぁ」
 骸少年が溶けるような情けない声を漏らす。勢いを挫かれて、彼が少し後退りしたスキに、青年の硬い腕はツナの首に巻き付いた。
「綱吉くん、よしよし。本心じゃないですよー。ああいうのは」
「……え?」
 すぐ真上にきた精悍な面立ちを見上げる。目が合ったオッドアイが優しく笑う。
 何か言うように骸の唇が動く――。
 が、何も言わずに、青年はくらくらと吸い寄せられたように、ツナの唇にチュッとおのれのものを吸い寄せた。
 ……ドカン!
 見えない何かの爆発音を聞いた。
「す。スキ有り。……ですね?」
 二十五歳の六道骸が言い訳じみた一言を漏らす。屈んだ彼の肩から長髪の筋がはらりと落ちる。
 間近で、惚れ惚れしたオッドアイを拝んで、ツナは血の気が引いていく音を聞いた。
「ぎゃ……、っぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!」
 両手をワキワキさせて全身を痙攣させる。視界に影がかかった。少年、六道骸が、頭上から三叉槍を振り下ろす!
「な、に、してんですかぁあああっ!」
「っと!」
 間一髪でツナごと後退り、追撃には、自分自身の槍を掲げて応戦する。
 ちょっと笑ってしまいながら、六道骸青年は自分自身の唇を槍を持たぬ手で拭った。キスの後を彷彿させる仕草に骸がさらに顔を険しくさせる。
「破廉恥な! な、ななななにを考えているお前!」
「したくなっちゃったんですよ。でももうお手つきでしたよね? この時期って。なら構わないじゃないですか」
「っ、何でそれを……」
 骸が焦慮を漂わせながらも驚く。
 ツナも指摘には驚いた。
 回数こそ少ないが――、事実だ。顔色を恐れで青くしながらも、ツナも骸も青年の正体を確信した。二人しか知らない筈の過ちなのだ。
「…………、やっぱり、本物の骸」
「……チッ……。十年の間に僕はボンゴレファミリーに洗脳でもされたんですかね?」
 施術の痕跡を求めるように骸少年がジロジロと男を眺める。
「クフフ。まさか!」
 骸青年は堂々として立つ。少年が怒った口調で事実を補足する。
「単なる戯びだ。僕にも彼にもね」
(つーかオレは断れなかっただけというか逆らえなかったというか)
 まんじりともしない心地になるツナである。
 青年はあっけらかんとしていた。
「遊びで男とセックスなんて出来ませんよ。ましてや綱吉くんみたいな子どもっぽい相手――」
「ッ、おまえが、十年後の僕だなんて認めませんよ」
 少年六道骸が激昂に声を荒げる。
「なんだその珍妙な髪は! 伸ばすな! それにその編上げブーツ! もうちょっとデザインに凝るとかしたらどーですか、水族館の飼育員ですか?!」
「おや、ケンカ売りますか」
「しかもどうやら推察するにまだボンゴレファミリーにいるんですね? 沢田綱吉の下に! し、信じられません、侮蔑に値しますよ!」
「くふん。自分の感情もろくに抑制できないガキにあれこれ言われてもねえ」
 大人の骸は腕組みして余裕に満ちている。
「何もわからず、ぎゃあぎゃあといきがるのは若さの成せるワザです。大人は冷静に若人がのたうつサマを眺めているのですよ、六道骸。例えば……」
 ごくごくさりげなく、腕が伸びる。
 二人の六道骸の正面対決に圧倒されて、ちょっと離れたところで眺めていたツナの手首を引っ張った。まったく唐突な行為だった。制服の襟元を掴むと、
 ブチィ!
 前振りも何もなく、第三ボタンあたりまでを不飛ばしてツナの胸元を暴いた。
「――っ、だぁあぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」
 手足をゾワゾワッと震わせて、慌てて、青年の巨躰を手で圧した。暴いた首元に唇を寄せて青年が「んーっ」とか言ってふざけるように唇を尖らせる。
「キスマークでも付けちゃいますかね」
「ぎゃああああ?!」
「っ、っ、っ、っ、っに、を、考えてるんだあぁぁ!」
 ごもっともなツッコミと共に骸が槍を振りかざす。
 ザンッ! あろうことか穂先はコンクリートに刺さる。ツナを抱きあげ、飛跳ね、攻撃を避わした骸が自信満々に扱き下ろした。
「未熟ですね! 六道骸!」
「き、貴様。コロス!」
(む、骸同士なのにソリが全然合ってない)
 ある意味では猛烈にソリが合うので反発しているとも取れる。まるで磁石のN極とS極だ。
「わぷっ!」
 急いで降ろされたので、ツナは、少しよろけて民家の外塀に背中をぶつけた。
 槍を片手に背走し、距離を稼ぐ六道骸を少年が追った。本気で頭にきているようだった。鋭く吼える。
「第一の道、地獄道ッ!」
「だぁぁぁぁ?!」
 ガッ! 三叉槍の尾っぽがコンクリートに衝き立つ。骸の足元が闇に飲まれ――赤黒い光りが生まれ、凝結してマグマへと相成る。コンクリートをボコボコッと盛り上げて溶岩が青年へと突き進んだ。
 片脚でブレーキを踏んで、青年が振り返る。うっすらした笑みが頬を飾っていた。
「――十年間の重みを舐めるんじゃありませんよ」
 怒濤に迫るマグマに向けてオッドアイが窄まる。
 片手を突きつけた。
 めざましかった。大気が凍る。マグマが氷結しただけでは終わらず、骸が握った三叉槍の先端へと凍ったエネルギーが集まる。冷めた光りの光弾が出来た。
「な! つ、強い」
 ツナが反射的に呟く。今の――、十五歳の骸には大がかりな術の前には儀式的な事前動作が必ず入ることをツナの本能は嗅ぎつけていた。この十年後の骸にはその儀式的な動作の一切が省かれてある――、しかも、右目を回転させずに『六』のままで!
「!」
 右目を『一』の文字にしている少年が顔面の筋肉を引き締める。
「クフッ。悪い子には――、お仕置き、ですかね?」
 底意地悪く笑みを歪ませて青年が眼球のほとんどを目蓋で覆う。黒紐で束ねられた長髪が尾を描く。軽く身を引いた直後、幻術のエネルギー弾が発射された。
 ――が、
「……えっ?!」
 戦慄と戸惑いに目を見開いたのは、ツナだった。目の前に迫る光弾を前に逃げもできずに立ち尽くした。
(な、なんで?)

 

 3 VS六道骸二十五歳?!

 ドガァアーンッ!!
 爆発音と共に、コンクリート製の外塀が粉砕された。衝撃で吹っ飛ばされたツナは、地面から数十センチだけ残った外塀の残骸に膝を引っかけて倒れた。
「う……あ?」
 後頭部を打った。が、痛いと言えばそれくらいだ。
「……む、むくろ?」
 二十五歳に攻撃された驚きよりも、十五歳に助けられた驚きが勝って傍らで膝をつく少年六道骸を振り返る。ツナの二の腕が彼にがっしりと掴まれていた。
 彼は恐ろしい形相で沈黙を保った。
 何かに戦慄している。慨然としてオッドアイが十年後のおのれを見つめる。もうもうとした煙が足り込める中を、青年の長い影が揺らぎもせずに立っている。
「……大丈夫でした? 綱吉くん」
「む、骸さん……」
「手が滑っちゃいました」
 明らかに嘘だ。ツナが面を喰らう。少年の骸が鋭く告げる。
「今の一撃、本気でしたね。六道骸」
「さあ?」
 クスッと妖艶の笑みを浮かべて骸が片脚を下げる。その手には未だに三叉槍。
「予定外ですけど――これほどの好機はもうないでしょうからね。綱吉くん、骸、立ちなさい」
「貴様、本当に何を考えている――?」
 骸が慎重に質問する。
 沈黙。
 青年がぼそりと呻く。
「僕はね。信じているんですよ」
 それが開戦の合図だった。面を高くあげると青年は両眼を引き絞る。容赦のない敵意を少年二人に叩き付けた。
「っ、骸。来るぞ」
 思わずツナが六道骸の制服を掴む。
「ちっ。何だっていうんだ。沢田綱吉、下がってろ。闘う気がないんでしょう」
「え、ええっ、と、時と場合が――」
「どけ!」
「だぁぁぁぁっ?!」
 ツナを突き飛ばし、六道骸が走りだす。
「十年前の実力で勝てるとでもっ?」
「ふざけ、るな、有幻覚くらい!」
 青年の背後に蓮の花が咲き乱れたのを観て、骸も、赤い花をつけた正体不明の植物性のつるを具現化させた。
「ちょっ、ふ、ふたりとも――、げほっ。げほげほ!」
 慌てて、壊れた塀を踏み越えて二人に駆け寄ろうとしたツナだが、迅速に展開される破壊行為によってあたりには砂塵が吹き荒れていた。
(ちょ、こ、ここをどこだと思ってンだ!!)
 町のど真ん中だ。骸達にはどうでもいいらしい。
「そもそも、黙って眺めてれば綱吉クン綱吉クンと! どの口が臆面無くそんなことをいうんですか?!」
「僕にしてみりゃー君のがよっぽど生き恥ですよ! 一言目にはボンゴレ嫌いですー、二言目には許せないですー、って、ねえ、バレバレなんですよ! 恥ずかしいやつめ!」
「なっ!! 何を! 誰が沢田綱吉を必要以上に気にかけてるって言うんですか!」
「僕のこの姿がどー認めがたいと?!」
 骸が二人して憮然と相手を睨む。
 彼らの口論は徹底的に平行線らしい。ウーンと頬を引っ掻き、怪獣映画のように取っ組み合いをする幻覚の華を見上げたツナだが、
「キャアァァァアアアア!!」
「何だ何だぁああ?!」
 大通りからの悲鳴に頭を抱えた。
 バキバキと派手な音をたてて電柱まで倒れる。千切れた電線が電気の花火を散らしてヘビのように宙をのたうつ。
「リボーンかヒバリさんに殺されるよオレ……、だぁあああ!」
 慌てて飛び退くと、今しがた、立っていた場所に赤いポストが落ちてきた。
 さすがのツナでもこめかみに青筋が浮かぶ。
「ふッ、ふたりとも! やめろよ! 町中で何を考えてんだ?!」
「うるさい!」
 少年・六道骸がツナを怒鳴りつける。あろうことか青年の方はツナに向かって中指を突き立てた。笑いながら。
「…………」
 ……ブチ、と、血管が切れたような音を聞いてツナは口角を引き攣らせる。
(解禁――。するぞ……)
 ボンゴレファミリーに敵対する者には炎の制裁が振るとこの頃のイタリアでは悪評が出回っているが――。ツナの両眼が炎に犯され様相を一変させる。
 微かに俯くと、茶色い両眼が奥に少しだけ引っ込んで凄んだ顔付きになる。
「おまえら、殴られないとわからないのか?」
 額には橙の猛火が生えていた。
 両手の炎を推進力として飛び立つと、屋根の上で交戦する二人組の間に飛び込んだ。ハイパーモードの姿に、青年がゾクゾクしたように息をつめる。
「クハッ! お出ましですね」
「チッ。面倒な……。もう、どうにでもなれですね。こうなると」
 少年も自衛のために槍を強く握る。
「そこになおれ。目を覚まさせてやる」
 声高に宣告して、ツナが右の拳を固める。浄化の炎は、通常の炎より色素が薄く白っぽく見えた。
 だがしかし、三つ巴のバトルは一瞬にして展開を変えた。
「体罰ですか、綱吉くん!」
「…………、ひッ」
 ハイパーツナがらしからぬ悲鳴を漏らす。嬉しげに青年の骸が両腕を広げてにじり寄る。
「いいですね。殴りに来てください。綱吉くん。クフフフフフフフフフフフ」
「ッ、ヒッ、ひぃっ?! て、めっ、喰らえ! じょーか!」
 慌てて右拳を顔面に叩き付ける――、筈だが避けられた。空いた懐に骸が潜りこんで胴体に抱き付く。
「ちょっっ、なななにしてんですか!」
 少年の六道骸が喉を引き攣らせて青年の足首を掴んだ。
「クフ。いい触り心地だ」
 まったく気にせずに青年がツナの小尻をサラッと撫でる。ハイパーツナが両目を剥いて歯を食いしばった。
「っ、お、おまっ、だぁぁっ?!」
「鍛えが甘い分、少しぶよっとしてますね? これくらい柔らかくてもいいですね。弾力が」
「ふ、ふざけるなぁぁぁぁあ!」
 顔を真っ赤にして逆噴射で空中に逃げる。青年が後ろに跳ねて、取り残されたのは六道骸少年版だ。
「骸っ」
 助けを求めるようにツナが名前を呼ぶ。軽く舌打ちして、骸が、青年の後を追った。だが肩越しに叫びはする。
「命令をするな!」
「お、お前の十年後、タチが悪いぞ」
「僕に言われても……」
「その子どもだってあと十年もすればこうですよ」
「うわぁあああ!」
 青年の精神攻撃に少年六道骸が青くなって頭を抱える。ハイパーツナもさすがに僅かに微かに同情した。まぁ中身は同じと思うと複雑だが――、
「綱吉くん――、」
 屋根に着地した六道骸が妖しくツナを見上げる。蓮のつるが、ツナの片脚に素速く巻き付いた。
「! って、うわ!」
 両脚につるが巻き付いて動転する。
 足の付け根のきわどいところには三重にも巻き付いてギチギチと細脚を締付けた。
「ぐぅっ! な、何をわけのわからん攻撃を――」
 ツナの炎が蓮をなぎ払う。と、その直前にパシャッとデジタルカメラのシャッター音が戦場に響いた。ハタとして、地上の六道骸を見下ろす。どこからか取りだしたカメラを手に青年は戦慄している。
「触手に縛られて悶える十年前の姿……。激レアですね」
『こらぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!』
 ツナが青褪め、骸が赤面しつつツッコミする。
「闘う気あんのかお前は?!」
「何勝手に許可無く撮ってんですか?!」
「むっ。ちょっと恥ずかしそうに怒る顔もなかなか」
『撮るな!』
 またもやツッコミをハモらせて少年組が吼える。
 二十五歳は晴れやかにノーダメージで笑顔を見せる。よっぽど強靱な精神力の持ち主だと骸にもツナにもわかる。
「うっ。精神的なダメージが」
「蓄積しますね」
 冷や汗を浮かべて同調する二名を余所に十年後骸は三叉槍をクルクルと回して余裕たっぷりに笑ってみせる。
「ほらほら、頑張りなさい、若者。そんなんじゃ僕は倒せませんよ?」
 非常な葛藤を堪えて骸少年が沈黙する。気を取り直したツナが浄化の炎でもって襲いかかるがそれも避けられた。
「クフ、まだまだ。もっと本気を出せるでしょう? 二人とも」
 ぱぁんっ!
 青年の放った光弾が炸裂する。ツナと骸が後ろに跳ねて、着地する。
「クッ。手強いのがまた」
「ろくでもない意味でショックだな……」
 骸の言葉に、ハイパーツナが嫌々と補足する。ツナと骸には疲労が見え始めたのに向こうはちっとも息を荒げていなかった。
「次は本気で来なさい」
 三叉槍をジャキッと持ち直して青年が誘う。
 選択肢が他にない――、
 骸の気配から二人とも察した。相手は本気で全力の一撃を繰り出すつもりだ。三叉槍を屋根に突き立てて漆黒のオーラを全身から立昇らせている。
「十年……か……」
 その気が遠くなるような歳月を思って、少年の骸が深々とした嘆息を吐いた。
「沢田綱吉。作戦がある」
「骸? ……オレを手伝ってくれるのか?」
「別に僕は理由があってこんな戦いに身を投じてるワケではない。成り行きだ。さっさと終わらせる方に――君に加勢するのは仕方のない流れではありませんか?」
(もしかして……、これって素直に『協力する』って言えないだけなのか?)
 六道骸に対して新たな観点を持ちつつも、そのせいでちょっと頬をテレで赤くさせながらも、ツナが頷く。骸が早口で作戦の全貌を伝えた――、そうしてツナは指示された通りに両目を閉じた。
「…………。仕方がありませんからね」
 前置きを置いて、骸がツナの手を掴む。ツナからも手を握り返した。妙に熱い汗が背中に滲んで、胸中で焦る。
(う、うまく行くのか?)
 疑った次の瞬間、骸の送り出したイメージが頭を埋めた。
 季節が巡る。
 春、夏、秋、冬――。それが十回だ。骸の強力な幻術がツナに十年の歳月と成長を叩き込む――並盛中の制服を少しキツく感じるに至った。
「……もういいですよ」
 骸が、ツナの右耳に向かって囁いた。
 目を開ける。視界が少しだけ高くなっていた。幻覚によって、十年分の時間を進めた沢田綱吉がそこにいた。
「オレ、二十四歳になってるの?」
 手を見つめたが、少し、皺が増えたかという程度でそんなに大きくなっていない。不安になって骸を眺める――、そう、身長だって対して伸びていなかった。少年の骸と同じくらいの背丈だ。
「なってますよ」
 骸が、いささか眩しそうに、肩を並べた青年を見つめる。繋いだ手を解くと自分の前髪を摘んだ。
「そうか……?」
 恐る恐ると、青年の六道骸を見上げた。
 彼は一言では言い尽くせない笑みを頬に広げていた。喜ぶようでもあるし猛るようでもある――、オッドアイに爛々とした猛光が浮いている。
「そう……、いい決断ですね……」
 声が微かに震えていた。
「さすが。さすが僕。さすが綱吉くん。武者震いしちゃいますね。そう――、」
 バチバチバチバチ!
 耳に痛い電流音が青年の三叉槍から響きわたる。剣の真上に雷鳴の嵐とでも形容できるエネルギーボウルが出現した。何度か撃ち放った光弾の真なる姿らしい。
「殺されるつもりで挑み掛かってきなさい……っ!!」
 今までに見せなかった凶悪な笑みを唇に割いて、真剣勝負を望む。あれが自分の後ろに――つまり、まだ少年の骸や、逃げ遅れた人々や、並盛町に当たったらタダでは済まない。幻術によって進化した肉体はツナが望んだ分だけパワーを与えてくれた。
(これなら――、いけるっ!)
 青年のハイパーツナには、通常のハイパーモードに見られる人格の変化がなかった。
「骸! 行ってくるから」
「……僕に断りを入れないでさっさと行ってください」
「あぁ!」
「…………」
 ツナが屋根を蹴って飛び立つ。
 微かな声が聞こえた。「気をつけて」と風が囁くような声量。――絶対に負けられないので緊張している筈だが――、ツナは笑みを浮かべていた。
「骸。一発殴るだけじゃ済まさないぞっ」
「おや、鬼のようなこと言いますね」
 青年二人が睨み合いをした。
 そうして素速く互いの武器を――三叉槍と、利き腕とを振りかぶる!
 瞬間、あたりの空気が逃げだした。

 

4.十年後に再会!

 現代の常識では不可能なエネルギーがぶつかりあって強大な波動が出現する。――そうして――、許容量を超えたかのように、パカッと、三人まとめて下に落ちた。
「なっ!」
 浮いているツナさえも落ちた。
「だぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ?!」
「うわっ!」
「クハッ。ハハハハハハッ」
 青年の六道骸が今までに見せなかった表情を見せた。邪悪な力を秘めたオッドアイを生きる意思できらきら輝かせている。
 この上ない喜びだと言ったふうに、両腕を伸ばし、闇の奥へと自ら沈んでいく。
「お、おいっ」
「――」
 骸とツナは、目を丸くして互いの貌を見合わせた。ツナの額から音が立ってハイパーモードの猛火が消失する。同時に、風船の空気が抜けるように、十年分の歳月が抜けていって元の少年・沢田綱吉が残った。
「あ。切れちゃった」
「行きましょう」
「ああ」
 頷き合うと、六道骸青年版の後を追った。
「なんだろう? ここは」
 単なるツナに戻ったツナが、並盛町どころか地球上にも見えない真っ黒いだけの空間を見渡した。
 幻想空間に馴れている筈の骸も、眉目を顰めて首をふる。
 答えたのは、闇に沈んだ六道骸青年だった。
 次元の狭間――、
 軽やかに美声が闇から響く。
「あの世とこの世のちょうど真ん中。僕はどうしてもここまで迎えに来なきゃならなかった」
 青年の白い背中が、ぼんやりと、闇に浮き上がる。骸が自らの幻覚能力を使って全身を光らせているのだ。
「綱吉くん!」
 人の名前を呼んで、青年が闇に両腕を伸ばす。
「……つなよしくん?」
 少年の六道骸が、鸚鵡返しに呟いて、傍らのツナを見つめた。
 ツナは首をふる。
 あの骸が探しているのは――違う方の綱吉だ。
 心臓がドキドキとした。まさか、会えるのか? やがて青年の両腕に手応えが帰る。天地を逆転した姿勢から、ふわりと浮き上がると、右手で誰かの手を掴んでいた。
「――綱吉くん。起きて」
 堪らなく震えを走らせながら、骸青年が闇を拭うように手で何かを拭いた。
 一人の青年――。
 シャツに黒いスラックスの極めてシンプルな服装をした男性が闇中に漂っていた。彼は、両目を閉ざして、動かない。
 その頬に手を当て、骸が愛しそうに青年の名前を繰り返した。
 綱吉くん。
 綱吉。
 沢田綱吉の十年後の姿に、少年組に動揺が走る。
「や、やっぱりオレか!」
「何がどうなっているんですかこれは」
「君たちには、感謝しますよ。次元を壊す力はさすがに僕一人では作れない。さすがに二十四歳の綱吉くんがでてきたのには感動しましたし。状況を再現して、未曾有のエネルギーによって、同じように次元を破壊する……。最適の環境だった。さすがの超直感クオリティと言いますか」
 いまだ失神している男性を抱きかかえながら、骸。
 ツナはようやく思い至った。
 まるで違うじゃないか!
「お前――、オレの知ってる十年後の骸じゃないなっ?!」
「あぁ。そっちの世界もバズーカによる転送といった形式で経験してますけどね。少年時代に。例え理由があったとしても――、君が死んだ未来になんて、僕たちは行きたくなかった」
 かつて聞いた十年バズーカのメカニズムを思い出した。パラレルワールドに通じる召還能力がある――、そんな話を、以前、複数人のランボから聞いた。白蘭の争乱が起きた世界のランボや、起きなかった世界のランボから。
「……死んだ? 死んだ未来?」
 微かな震声で、ツナの傍らの骸が雷に撃たれた顔をする。六道骸は、そんな自分の過去に哀れみの眼差しを向けた。
「未来は数多い。中には、ボンゴレ十代目を失ったり僕自身が消え去った世界もある。それを知ったから――。『この世界の』僕と、綱吉くんは他とは違うことをした」
 骸の指先が、意識を閉ざしている綱吉の首筋を撫でた。シャツをめくると、首から右肩に向かって長い一本線が露わになる。
 古い切り傷だった。
 それなりに深く切られたようで、一目で見て取れる大きな隆起になっている。少年の六道骸がますます驚いて声を浮つかせる。
「ぼ、僕との契約――?」
「えぇぇぇぇぇぇえ?!」
 ギョッとして、ツナが自分以外の三人を見比べた。
「け、ケーヤクしてんの?! 十年後のオレと骸が?!」
「契約が叶ったのか……?」
 骸自身も信じがたそうに尋ねる。
「三年くらい前ですかね?」
 青年の背中に両手を添えて、体の正面同士を押付け合うようにさせながら、青年の骸が綱吉の額におのれのものを押付けた。
「僕達は――、絆を深めるために契約を交わしたんです」
「絆を……?」
 不可解を声に潜めて、骸。
「そうです。綱吉くんがどこに行っても僕にわかるように。決して見失わないようにするために僕が願った」
 骸が、祈りにオッドアイを閉じる。
 真に入った思慕の迫力に、邪悪と悪辣が本性の筈の六道骸が神聖をまとって殉教者の顔をしていると見える。
「綱吉くんは僕のために受け入れてくれた。だから。僕は、綱吉くんを守るためなら何でもする。十年前の僕達を利用してこの場にくるようなムチャも」
 言い終えると、寝ている相手の唇を軽く奪う。
『…………』
 骸とツナは、口角を引き攣らせて、足場のない空間を後ろに漕いだ。
「なんか……」
「どういう仲なんですか……?」
「こ、こいび……」
「言うな!」
 反射的に見たままを迂闊に呟くツナに叱責が飛ぶ。
 少年二人、共に、顔を赤らめていた。十年の時間が進んだ自分達が、ラブシーンを目の前で繰り広げるのだから無理もない。
 青年の骸が、長い睫毛を持ちあげる。後ろ髪が、彼と綱吉との周囲を神秘的に揺蕩う。しょうがない人だ、と、甘ったるい甘声でうれしげに漏らした。
「苦労しましたよ。こんな辺鄙な場所まで迎えに来る馬鹿は僕くらいなんですから」
「あー、あー、あーっ!」
 両手で耳を塞ぎ、ツナ。ヤケになっている。
「な、なんだ! えーと、あー、その、なんで――、十年後のオレがこんなよくわかんない空間に落ちちゃったんだよ!」
 骸がちょっとだけ表情を強張らせる。
「僕に無断で白蘭のところに一泊してきた」
「……っへ?!」
「あの白髪男はいやらしい目で綱吉くんを見てるって言ってるのに。聞いてくれない。のんきにお茶してる場合じゃないのに! 浮気だって言っても――なぜだか逆に僕を殴ってくる始末ですし。僕だって本気で怒りますよ。んな理不尽ばかりだったら! 綱吉くんも逆ギレしちゃって大変でした」
「…………」
 ツナが呆気に取られて沈黙する。
 つ、つまり、痴話喧嘩の果てに――?
 全力でぶつかって次元もねじ曲げてしまったと――?
 重苦しい沈黙があたりを漂う。
 少年の骸も脱力のあまりに漂いかける。
 彼は、心底から疲れ果てた様子で、右手をあげた。心的ダメージが酷いのかゲッソリしている。
「目的を達成したなら、でませんか? ここ」
「そうしますか。綱吉くん、まだ起きませんね。やっぱりあの一撃で脳震盪起こしたのかな……」
「あー、出よう! どうやって出るんだ?!」
 ぽそっと呟かれた凶悪な科白やら真実やら、色々と悟ってしまうのが恐ろしくて、ツナも慌てて大声を張りあげた。

 

4.最後のエピローグ

 入るのは大変だが出るのは簡単らしい。にょいんっと三叉槍で割いただけで、一同は沢田綱吉の部屋に現れた。
「…………はあ。疲れた」
 六道骸の少年版が窓を見やる。
「並盛町、崩壊してんじゃないですか?」
 ちょっと期待している顔だ。アッと叫ぶツナだが青年の骸が嬉しげに首をふる。
「大丈夫ですよ。クフ。僕は綱吉くんの意に染まらないことはしません。破壊していた方が幻覚世界という安心設定ですからね」
 なんだかちょっと裏側的な都合の良すぎる設定をのたまい、ツナにウインクする。――この骸と十年後の自分が恋人同士だというのに、ツナはこのタイミングで納得してしまった。
(こ、こいつ。オレが何で喜ぶか――、把握してる……?)
 胸の底が痒くなる。
 と、だが、隣の少年からは凄まじい不機嫌オーラが立昇った。
「つまんないですね。町全体が所々と陥没しておけばいいものを」
「何を望んでんだおまえはっ!」
 ぞわぞわと仰け反ってツッコミする。
 現代の骸と十年後の骸の転身ぶり。二人を並べて眺めると違いがありすぎて――それも百八十度の方向で違うので、鳥肌が立つツナである。
「ン……」
 不意に今までに聞こえなかった声が届いた。
 青年の六道骸がピクリとして、横抱きにしている青年を見下ろす。沢田綱吉、二十四歳。恐らくボンゴレ十代目をやっている。彼は薄っすらと目蓋をあげた。
「…………。骸……?」
「綱吉くん……、起きました?」
 両手や脚をぶらりと垂らしたまま、しばし綱吉は沈黙した。体に力が入らないらしい。ぼんやりした目で視線をさ迷わせる。
「オレ、どうなったんだ? ここは……」
 ツナや若い骸に横目を向けて、また黙る。
「…………」
 一同が揃って沈黙する。
 綱吉が、やがて、ぐっとして拳を固めた。
「お……ま、えは、また……っっ、また、よくわからん事態を招いたな〜〜〜〜っっっっ!!」
「あ、そんな、無理やり殴られたらちょっと楽しいじゃないですか」
「バカか?!」
 へろへろした手つきで、骸の右頬に拳を押し当てつつ、綱吉が顔を青くしている。
「うっ……」
 ツナがそっと自分の目尻を指で拭った。なぜだか非常に涙を誘われる光景だ。
 複雑すぎて何も言えないのか少年骸が壁の方を向いている。背中の脂汗が制服の上からでも見える気がしたツナである。
 こうして、十年後の骸によって引き起こされた事件の幕は――、
 しかしスンナリとは落ちない。

「バズーカを急ぎで改造させたんですよね。二十四時間以上、四十八時間以下の内のどっかの時間で帰れるそうですよ。困りましたねー」
「ぜんっぜん困ってるように見えないよ!」
 部屋で和んでいる骸にツナがツッコミする。骸はベッドに腰掛けている。腕には、いまだに綱吉が横抱きにされていた。彼は気持ち悪そうに頭を片手で抑えてぐったりしている。
「タンコブが……、酷いタンコブがある……」
 ぶつぶつと恨みがましげに呻いている。
「せめて降ろしては?」
 これは、少年の骸だ。
 二人がツナ宅に居座るとわかって不安になったのか泊まると言いだして聞かないのだった。
「くふふ。綱吉くんと触れ合ったままでいないとこの世界に取り残しかねないですからね。しっかり連れていないと」
「元の時空にフツーに帰れば……よかったんじゃ……」
「それじゃ君たち十年前の僕らを連れてきちゃうじゃないですか。未来なんてわからない方がいいんですから。もう未来はコリゴリでしょう? 綱吉くん」
「…………。ま、まあ。うん」
 ツナは、ゲーム機のコントローラーを手にしていた。まったくもってリラックスして音ゲーだ落ちゲーだというムードではないが。
 時刻はもう夜の七時を回る。
(まさか四人でごろ寝なのか今日は? そ……んな、無茶な……)
 ゾッとしつつも、多分そうなんだろうなと覚悟するツナである。
 せめてこの骸は帰らないのだろうか?
 十五歳の彼を見てみると、すぐに気が付いてオッドアイが振向いてくる。窓の近くに座り込んで手持ち無沙汰げにしている六道骸――、の、眼差しが、テレビ画面に向かった。ツナはつい声をかけてしまう。
「やる?」
「…………。くだらない」
 うう?! そーですか、声かけてすみませんでした!
 とは、頭の中で思ったが、だがツナは日中の骸の言動を回想した。2P用のコントローラーを骸に向けて差しだしてみる。
「フン。まったく、ゲームも一人でできないんですか? しょうがない人ですね」
 ちょっと焦った早口でまくし立てて、骸がコントローラーを受け取りに来る。骸が釣れてしまってツナも動揺した。骸の扱いはこんなもので正解なのか?!
「……何する? 『ぶよぶよ』でいいの?」
 ドギマギとして、神妙な声を出す。
「別に。何しても変わらないんじゃないですか。どうでもいいです」
 ツナを見ないまま、骸。
「…………」
「…………」
「お前ってさ……」
「シッ。傷ついちゃいますよ、僕が!」
 やり取りを眺めた末、青年組がこそこそと耳と唇を寄せあっていた。青年骸が恥じ入るように青い顔で照れている。
 骸と、二人だけで――それも比較的和やかな雰囲気で――恐らくは日中でかつてないほど結託したせいだろう――、ゲームをしたり遊んだりしたりするのは初めてだ。いっぱいっぱいな気持ちでツナは後ろの青年達に気を配る余裕がなかった。
「そ、の、今日はありがとうな」
 キャラクターセレクトの途中に素速く呟く。
「迷惑かけまくっちゃって。い、イヤがってるのにな。はは」
「……君、気にしてるんですか?」
 オッドアイの青い瞳が横目を向ける。躊躇いがちに――、囁く。
 別にいいのに。
 ツナの頬が微かに赤らむ。暴言を撤回するような骸の態度は初めてだ。やがて骸が契約の話を自分から持ち出した。
「僕は。諦めませんから。君の体も。世界大戦も。アァはならないとして」
 後ろの骸を言ってるんだろうなと思うツナである。フッとなんだか嘆息をついてしまった。
 そんなツナを横目にして、骸は妙にソワソワするようだった。ツナにはわかった。後ろの青年二人組がいなければ、何か理由をつけて抱かせろとか言いそうな気配がする。
「……まァ……――、」
 骸が唇を軽く噛む。
「僕は……もし仮に十年経って『そういう』事態になっても君を亜空間に落とすようなヘマはしない」
「……」
 ぴきっ。
 和やかだった空気が固くなる。六道骸青年の反応は素速かった。本人も失敗を気にしていたということか。報復はえらく迅速に行われた。
 げしっ!
 骸の背中に骸の足裏が決まる。
「――」
 微かに前にのめって、骸がコントローラーを強く握った。
 背後を肩越しに見やる。オッドアイ同士が交錯する――、ジャキンッ! と、両者が同時に三叉槍を取りだして突き付けた。
「だぁぁぁあああ! やめんか!」
「だぁぁあああ! いい加減にしろ!」
 ダブルで綱吉とツナがダブルツッコミを入れた。





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