ぱいん×ツナ


「あッ!!」
 驚きの悲鳴をあげて、ハガキを両手で鷲掴みにした。学校から帰り、リビングに入った途端にぶるぶると震える息子に、奈々が声をかける。
「つーくん? あら……。それ、この前のスーパーの抽選ハガキじゃない」
「か、母さん。当選してるよ」
「えっ。沖縄旅行が?!」
 顔を輝かせる奈々である。
「ううん。沖縄パイナップル十箱分が当たってる」
 ぼうぜんとしながら綱吉は首をふった。ハガキの表面を奈々に見せる。母親は、目をまんまるにして黙りこんだ。
 ……び、微妙……。
 大気にまじり、親子間をそんな感想が飛び交った。
 こうして、沢田家には大量のパイナップル在庫ができたが――。
「で。それで、ここへ?」
 黒曜ヘルシーランド、一階の最南端にある個室が六道骸の滞在地だ。ボンゴレリングをめぐる戦いやら復讐者をめぐる戦いやらを終えて、今、彼の本体はここに腰を落ち着けている。
「ほい、ぱいなっぽー、到着ー」
 台車に積まれたパイナップルは、犬がブレーキを踏むと絨毯を転がりだす。両膝を大きく開いた制服姿の骸が、革製ソファーの背に両腕を引っかけてふんぞり返っている。その赤眼と蒼眼はつまらなさそうに部下達の搬入を眺めていた。
 髑髏が、腕にパイナップルを抱えて犬の後ろについている。いささか引き攣った面持ちで部屋中をごろごろしているパイナップルを見つめた。
「い、いっぱいだね」
 綱吉は、青い顔で、慌てて運送の努力を主張した。並盛中学校の学生服姿で、部屋の入り口に立っている。
「ペンギン便に頼んだけど、ここの前までしか運んでくれなかったんだよ。ほら、廃墟だろ、ここさぁ! 住所扱いしてもらえなくて」
 綱吉の傍らで千種がメモを取っていた。
「全部で何個だ?」
「八箱分。四十個くらいかな」
「そうか。わかった。骸さま、しばらくのデザートにはなります。不要になったら声をかけてください」
「最初から食料庫に運んだら?」
 るいるいと骸の左右・足元で横たわるパイナップルに恐れをなして、声をふるわせる綱吉である。
 千種が、鼻の上に眼鏡を押しあげた。
「骸様への貢ぎ物だ。まずは骸様にお目通ししてもらうのが礼儀」
「ヒャーッ、骸さんのアタマがごろごろしてらぁぶ!」
 無造作に、ソファーに坐していたパイナップルを骸が犬の顔面に投げつけた。
 ギャンッ。膝を折り、倒れかけた少年の首根っこを捕まえるのは髑髏である。彼女は一歩を下がって千種とタイミングを合わせて深々と頭を下げる。
 そうして、慣れた要領で犬を引き摺って出て行った。
「く、くろーむが」
 クロームが、黒曜三人組の世界観に染まりつつある…っ!
 危機感と共に、綱吉は戦慄する。
 と、部屋に取り残されたのが自分と骸だけだと悟って、尚更にゾッとした。帰るとかトイレに行くフリとか、そうした行動を起こす前に、骸が渋々とした調子で呟く。
「確かに、法外な保釈金の支払いや口座の凍結などで――追い打ちをかけるように、君達ボンゴレが新しい仕事を禁止するものですから、」
「暗殺とか麻薬とかダメに決まってるだろ」
 社会常識でツッコミする綱吉である。
 聞き入れた様子もなく、ハァ、と美貌の少年が嘆息しながら足を組んだ。
「苦しい台所事情だというのが僕達の現状ですよ……。ですがパイナップルですか……。ボンゴレ十代目……」
 悩ましげにオッドアイがさまよう。
「なんだよ」
 いやな予感を覚えて、綱吉は後退る。据わった目つきなのだった。骸のオッドアイはギラリと光る。
「具体的に、僕のど〜〜〜〜いう身体的特徴をとらえてパイナップルを届けようという心境に至ったか教えて欲しいですねぇええええええええ?!」
「だぁあああああ誰もお前の髪型がパイナップルなんて言ってないだろ?!」
「モロに言ってます!」
「どあぁあああ?!」
 壁に逃げた途端、顔の真横からガコン! とかいう濁音が聞こえた。
 綱吉の肩から肩掛けカバンのベルトがずり落ちる。
 コンクリートにめりこんだパイナップルはゴテンと音を漏らして地に落ちる。
「ひ、ひぃっ」
 こめかみから汗が滴った。
 不機嫌を露わに、六道骸はパイナップルの一つを足蹴にする。
 とてつもなく不穏な状況だ――、
 なのだが、綱吉には、ごろごろと横たわるパイナップルの中でふんぞり返っている六道骸は、その奇抜な髪型や不遜な顔付きもあってまるでパイナップルの王様か魔王に見えるのだった……。口にしたら犯されるような感想であるが。
 気を取り直して、大声をだした。
「あ、悪意はないんだよっ。ウチでパイナップルが余ってただけ! それがお前の助けになればいいだろ。助け合い精神だよ」
「相変わらず、お人好し思考に頭の毛先から足のツメまで染まった方ですね」
 不満げな呻き声を漏らしたが、しかし気分を入れ替えるように骸も両肩を下げた。肘置きに片腕を寝かせ、寄りかかりながら何気ないふうに誘う。
「せっかくですから、遊んでいってはいかがです。夕飯くらいだしますよ」
「いいよ、貧乏なんだろ」
 綱吉も何気なく返答する。が。
 瞬間、ピシリと骸が硬直したのを見て取って慌てた。青褪めて口を手で抑える。
「や、やっぱ遊んでく! いただきます!」
「そ……そうするといいですよ……」
 両側の口角をピクピクさせつつ、壊れたラジオのような音をひねり出す骸である。
 ところで、以前は歪んだ友人関係にあった二人である。
 骸は沢田綱吉の肉体を乗っ取ることを目的としていたし、綱吉は、骸を残虐非道な少年として避けていた。そうした二人が、助け合いを望んだり容認したり食事に誘えたりする関係になるとは――VS復讐者の一幕で、骸が、自分の気持ちに気が付き、沢田綱吉に「好き」と告げたのが大きな要因である。
「ボンゴレ、映画でも観ますか」
「なにか新作買ったのか? 財政難なのに」
「…………。人を貧乏だと指摘する度に相手から怨みを買いますよ?」
「き、気遣ってるつもりなのに!」
 ヒーッとか、喉の奥で悲鳴を漏らす綱吉であるが。
 骸の隣に収まる。ワイドテレビが見える場所を取った。壁にかけてある薄型テレビはそれなりの値段がしそうだ。骸はこういうところで倹約する気はないようだった。
「まだ千種達にも見せてないんですよ。買ったばかりでしてね。さすがは超直感です、いいタイミングでの来訪だ」
「ちょ、ちょーちょっかんは関係あるのか?」
「これ、評判のコメディです。バトル続きでしたから息抜きにもいいですよね」
 ちょっと意外だったので綱吉はDVDデッキの操作をしている骸を見上げる。
「お前なりに気を遣ってたのか?」
「そ。そーゆう、わけでは、ないですけど……。単なる気まぐれです」
 声を潜めて、ふり返らずに作業をしている。
 フーンと、気のない声をだしつつ、綱吉は頬が熱くなるのを感じた。こういう、プライドが高い故の、損な性格に親しみを覚えたりするのだった。
 しかし悲劇は上映直後に起こるのである。
「あはははは! 最後……アハッ、あの変な顔みた?! すごいね。目がさァ」
「面白かったですか?」
「ああ。初めて聞くタイトルだったけどよかった!」
 くふふふ、と、骸もご満悦な様子でスタッフロールを眺める。
「ふんぱつした甲斐がありましたね」
 意味ありげな視線が綱吉に注がれた。
 眼が合う前に急いでソファーを立つ。骸との関係は微妙なものだ。ふとした瞬間に壊れるか進むかしそうで、綱吉はどちらも困ると思うのだった。
「っ、あ、お、おれ、DVDだしてくる」
 リモコンでもってディスクの排出ボタンを押した。立ちあがって回収に向かう。
 と、二歩もいかない内に、パイナップルの一つを踏んだ。体が独りでに前へと滑り、綱吉は額から転んだ。
「いっづぅ?!」
 割れるような痛みが、額から背筋にかけてを駆け抜ける――。
 頭突きで二つ折りになったディスクやら、DVDデッキから立ちのぼる白煙やら、それらを目撃すると絶句した。
「…………」
 骸が眼を丸くする前で、白煙はゆらゆら動く。
 というわけで、
「申し訳ございませんでした」
 沢田綱吉は、ソファーの向かいに正座をして、指をそろえて深々と六道骸に頭を下げる次第である。
 割れたDVDディスクと、折れた排出部分のパーツを両手にして、骸はさすがに困惑した顔だ。
「さすが、ボンゴレの石頭ですね」
「べ……弁償……できるかわからないけど母さんに聞いてみる……」
「そこまでしなくていいですよ。せいぜい――そうですね、千種達の楽しみが一つ消えた程度です」
「ご、ごめんなさいーっ」
 綱吉は額を絨毯に擦りつける。
「なんでもするからっ。ほんっとうにすみませんでした!」
「べつに――」
「貧乏なのに! DVDもデッキも買い換えなんてマジつらいのにごめん! 唯一の楽しみ奪ってごめんなさい!」
「……どんだけ貧しいと思って……?」
 唇をヒクつかせつつ、骸が腕組みをする。
 オッドアイは鋭い光を宿しもした。
 思いついたように、室内を眼でなめまわして固いものを飲む。
「わかりました」
「え?」
「望み通りにお仕置きしてあげます」
「……の、望みってわけでもないけど」
「望み通りに!」
 強調して、首を傾げる。朗らかに歯を光らせた。
「いたぶってあげますよ。綱吉クン。パイナップルのお礼もありますしね!」
「あ……。しっかり恨んでたワケですか……パイナップル……」
 綱吉は、サァッと血の気が引く音を聞いた。

*****

 ぶるっ。細腕は痙攣的なふるえ方をした。
 素直な体の反応に、自分で驚いて、綱吉は剥き出しになった二の腕を左手で掴んだ。静かな声の催促にはかすかに首をふる。
「どうしたんですか。下も脱ぐんですよ」
「こ……こんなのイヤだ」
 体をわななかせて、綱吉が訴える。
 ズボンとワイシャツ一枚の姿で、今は、ボタンは外し終えたが脱ぐ勇気が持てずに途方に暮れていたところだ。足元にはジャケットや靴、靴下が転がる。そして無数のパイナップル。
 室内に出現したパイナップル畑に立ち、脱ぎかけのシャツを手で抑えたまま綱吉は恥じらいを訴えていた。
「何でもすると言ったのは君ですよ」
「そ、それはそうだけどこんなの聞いてない。な、なんかおかしいよ」
「脱ぎなさい。早く」
「うっ」
 相手は六道骸だ。
 すごんだ声で急かされると、ギクリと首を引っこめた。
 ゆっくりした喋り口で骸が説得してくる。
「さげすもうってわけじゃありませんよ。知ってるでしょう? 僕は君が好きなんですよ……、君からの仕打ち、すべて許してあげますから、君も誠意を見せてください」
「そ……んな……脱いだところで」
 目がうるんだ。綱吉はまだ食い下がる。だが却下だと首をふる骸の態度が語る。
「僕のこと、嫌いじゃないんでしょう? さ、じゃあ、このパイナップルを僕だと思って愛でてみてください」
「だ、だからって。好きだとか嫌いだとか、そんなの……よくわからないよ」
 告白に返したセリフと同じものをささやく。
 予想していたのか骸は平然としている。目を閉じてウンウンとうなずく。膝の上には大ぶりのパイナップルを載せていて、ザラついた表面を手で撫でている。
 表面のトゲに指が引っかかるようで、不安定な手つきだ。骸は悲しげに頭をふる。
「デッキににDVD……今夜にも千種達にも見せてあげるつもりでいたのに。あー、切ないですね」
「っ、ぬ、脱ぐよ!」
 頬を赤くしながら、ヤケになってワイシャツから腕を引っこ抜いた。
「もお、変なやつだな。とにかく脱げばいいんだな?!」
 ファサ、と、シャツが広がりながら後ろに落ちていく。
 その衣擦れ音に心臓がドキリと動いた。
 ついでに正気にも戻る。
 躊躇いがちに骸を見上げるが、骸は、柔らかい物腰と微笑みだけで、容赦をしてくれる気配が感じられない。
「…………、ぬ、脱ぐってば……」
 感情の薄いオッドアイに急かされた気になる。綱吉は、手首をふるわせながらベルトを掴んだ。
 抜き取り、ズボンのボタンに触れると骸が言った。
「下着と一緒に脱いでください」
「…………」
 中腰の姿勢で、綱吉は困り果てる。
 困惑して尋ねた。
「な、なんで、こんなことしてるんだオレは……」
「知りませんよ。脱ぐんでしょ?」
 ジッと凝視しながら、骸。
「なんか……だって……」
 首まで赤くして綱吉が気弱な抵抗をこころみる。
 骸が囁く。
「DVDが――」
 その単語が、どんな意味を持っているのかすら、羞恥心にまみれた今の綱吉には理解が難しい。
 条件反射で体に力がこもる。
 ずるり。鳥肌が立つような感触と一緒に、ズボンと下着とが膝をくぐっていく。思わず声が漏れた。
「……う……」
 めまいがして、手を離してしまうと、ストンと足首まで落ちる。
 骸は身を乗りだすようなマネはしなかったが満足げにストリップを見守る。かすかに喉を鳴らして、露わになった裸体を眺め回した。
 その視線を皮膚に感じて、綱吉の手が、また病的にピクピクと痙攣した。吹雪が荒む中を、素っ裸で立つようだ。
「……っ、や、ちょ……と」
 耐えきれずに、綱吉はその場にしゃがみこんだ。
 腕を抱え、体を庇うように抱き寄せる。
 声もでなくなってしまった。
 眉を八の字にして泣きだす寸前まで両眼を潤ませている。
 そんな綱吉の前に、両手でそっと掴まれたパイナップルが差しだされた。
 まだ喋れない。うなずいて、綱吉はパイナップルを受け取った。
 葉の部分を上にして絨毯に立たせた――へたりこんだ体の前、大事な部分を骸の眼差しから隠せる位置にコテリと置いてみる。
「で……」
 か細く、小刻みに、ふるふると体と喉を打ち振るわせながら綱吉が骸を見上げた。
「……め、愛でる……?」
「そうです。僕だと思って」
「お、おまえだと?」
 非常識な行為だ――、
 それだけはわかって、後はわからない。
 綱吉は困り果てて骸を眺めた。パイナップルに両手は添えたが、それから先はまっっっっったくわからない。口が、ぱくぱくしたり、喉が乾いて固唾を呑んだりした。
 その様子もつぶさに見つめて、骸も、ごくりと喉を鳴らした。
 神妙な面持ちで、濡れたダイヤのようにきらめく茶瞳を覗きつづける。吸いこまれそうで、魅惑的だ。
「どうしたんですか。やり方がわかりませんか」
「だ……だって……」
 優しい声での問いかけに、綱吉が視線をさ迷わせる。
 時間の経過と共に、日焼けのない白肌はじっとりと汗ばんでいった。肩口からピンク色に染まって肌の表面が綱吉の羞恥心を映す。
「きみは……」
 慎重に、この場の空気を壊さないように神経を遣って骸が言う。
「好きな人に……どういうことがしたいですか?」
「す。きなひと……?」
 鸚鵡返しにする声音は、飾り気のないしゃべりで幼児を思わせる。
 空気に呑込まれ、綱吉の判断力は著しく低下しはじめているのだった。
「そうです。そう思って」
 骸がソファーの背に腕をまわす。ジッと観察する姿勢に入っているのだが、綱吉は、気恥ずかしさで頭が爆発しそうで彼の意図とか常識とかが思い浮かばない。
「おれ……わかんないよ。京子ちゃんだって……見てるだけでしあわせで……」
「京子のことは忘れて」
 ぴしっと言われて綱吉はますます戸惑う。
「わ……わかんないってば……」
 言いながら、パイナップルに宛てた両手を滑らせた。
 無意味に回転させて果実の向きを変える。羞恥心がそうさせるのだった。
 ある面がくると、綱吉は背中を丸めた。
 坐したパイナップルの頭から、つんつんと葉が飛びだしているが、その中の一本に唇を近づける。タコのように、つ、と、尖らせた唇で葉のラインを撫でた。綱吉が上目遣いで骸をうかがった。
「そ、そうですよ、そのまま愛してあげて」
 骸が頬を紅潮させながら自分の心臓を抑えていた。
「このまま……?」
 つたなくくり返しながら、絨毯に手のひらをつける。
 ころり。少しだけパイナップルを傾けると、今度は、ざらついた表面に口付けを送った。猫背となった白い背中が骸の前に大きく晒される。猫が、等身大のパイナップルに口をつける姿だ。
「――――」
 息を呑んで、骸が、かすかに身を乗りだした。
「舐めてあげたら……もっと喜ぶかも……しれませんよ?」
「ん……」
 頬を真っ赤に火照らせつつ、鼻腔から苦悶を漏らした。
 どうしてこうも恥ずかしい要求がなされるのか、と、疑問を持ったためだ。パイナップルの表面はちくちくと舌先をつついてくる。綱吉は強く目を閉じた。
「う……」
 いたい。図らずも小さく悲鳴が漏れたが、骸は首をふる。
「何かを愛するなら痛みを伴いますよ。それであきらめきれるんですか? 綱吉くん……もっと……ねえ……?」
「う、うん……。わかってる……我慢するよ」
 回らない頭を必死に回転させて、アアンと大きく口をあけた。
 べっとりとベロを押し付けて硬い表面を感じると、首筋の皮膚に鳥肌がたった。
 体は気持ち悪いと感じているのだ。綱吉は自分がどう思っているのかわからないと感じた。
 手の甲で口角をぬぐうと、上半身を起きあがらせて、綱吉は改めて骸を見上げた。両脚はふるふると打ち震えていて、筋肉がおかしくなっている。
 ピク、と、内股が断続的に痙攣した。
「こ、これでよかったの……?」
「満点ですよ」
 骸が目を細めて頷く。右頬を無意味に手で抑えて、キャーとばかりに頬を赤くしている。
「良い子ですね……君の意外な弱点を発見した気分ですけど……。そうですね……」
 体の前に置かれたパイナップルや、パイナップルに添えられた指先、林檎色にほてる綱吉の肉体を眺め回して、オッドアイが歓喜に染まる。
「綱吉くん……、まだですよ」
「まだあるの?」
 不思議そうに小首を傾げて、綱吉は指示を待った。
 素っ裸でいるためか、非常に心細い。
 骸の命令は冬空にこだまする天使の号令だと思える。
「おれ……もう……限界」
 今にも消え入りそうな声で、訴える綱吉である。両目には涙が溜っていた。
「最後ですよ。つなよしくん」
 骸が励ましの声をかける。
 朗らかに、いやらしさのかけらもなく、あっさりと述べた。
「ひとりえっちしてみてください」
「ひとりえっち……」
「そうです。そしたら、服をきて、そうですね。ご褒美にパイナップルでも切ってあげましょうか」
「…………ひとりえっち…………」
 少年の茶瞳が、徐々に、見開かれた。
 やがて全身がカァーッと赤に染まる。パイナップルを撫でていた指先が、突如、力強くグワシッと果実を握った。シンプルかつ、打撃力がある単語をだされたことで、冷水をぶっかけられた気分だ。
 綱吉は一気に正気を取り戻したのである。
「あ、アホかぁあああああああ!!!」
 両手でぶんと振りかぶったパイナップルが、見事に、骸の頬に命中した。綱吉は顔を真っ赤に腫らして唾を飛ばす。
「アホか! アホだ! オレもお前もアホだぁあああ――――っ!!!!」
 ついに泣きだした悲鳴が、黒曜ヘルシーランドにこだました……。

*****

「……な、なんら?」
 リビング代わりに使っているヘルシーランド二階、映画館の裏手にある管理室に入った途端に、犬が声を引き攣らせた。
 むすりとした顔の綱吉が食卓についている。
 その隣で、右頬に四角く切った包帯を貼り付けた骸が、やはりむすりとした顔でいる。二人で並んで無言で鍋をつついている。
「あ。犬、ボンゴレが新しいDVDとデッキ買ってくれるそうですよ」
 骸が不機嫌な声で言う。
 ぴし! 綱吉は箸を置いて睨むように犬を見上げる。
「割れたのも欲しかったらオマケでつけるけど!」
「は、はぁ?」
「逆らうな」
 青褪めた面持ちをげっそりさせて、千種が呻く。綱吉と骸の向かいで、髑髏と並んで鍋をつついていた。
 千種の隣のイスをひっぱり、犬が耳打ちした。
「どったの? すっげぇ空気だびょん」
「なにかがあったらしい」
「骸様のお顔が……」
 髑髏が悲しげにうめく。ちなみに手当てしたのは彼女である。
 綱吉の攻撃にカチンときた骸は、今では、堂々と背の低い敵対者を睨みつけている。綱吉も精一杯に敵対者を睨みあげている。
 先に口火を切ったのは骸だった。
「自分に非があるクセにとんでもないことしてくれますね。争いはしない平和主義はどうしました」
「人の弱味につけこんで好き放題するよーなやつに馬鹿にされてもイタくないな!」
「弱味? 幻術は効かないくせに催眠術は効くその単純なアタマが弱味と言いたいんですか?! 弱味につけこむなんて兵法の基本でしょう!」
「兵法がどーたら言うやつが恋愛語るなよ!!」
「なにいってんですか、将を射る戦法は万国共通ですよ?! 恋もまた万国共通! 僕は絶対に君を攻略して見せる!」
「ざっけんなよな! 誰がお前に惚れるっつーんだ! やってみれるもんならやってみろよ!」
 ついには立ちあがって火花を散らす。
 鶏肉を箸でつまんだまま、髑髏が、気の毒そうな眼差しを注ぐ。しかし話の展開についていけずに首を傾げる。
「…………?」
「なんか、話題がズレてるな」
「理解しちゃいけないよーな予感がするびょん」
 千種と犬もうめく。
 沢田綱吉は、食事を終えると肩を怒らせながら並盛町に帰って行った。
 数日後、ボンゴレファミリー名義でDVDセットが黒曜ヘルシーランド(パイナップルと同じく運送屋は入り口までしか運んでくれなかったが)まで届けられたという……。
 ところで、骸が催眠術の勉強をはじめたというのを風の便りで聞いて(髑髏から聞いたのだが)イヤな予感を覚える昨今の綱吉である。六道骸が卑怯だとか非人道的だとかの話は今に始まったことではないが。

 



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