ひばりの休日

 


「…………」
 アロハシャツにサングラスをつけて、やたらとナンパな格好をしたお兄ちゃんとぶつかってしまったと思った。軽く謝ってすり抜けよう、ほとんど無意識にスイマセンと言いかけて、そのまま固まっていた。
 サングラスの下にある鋭い二つ目は見知ったものだ。
 学校で、不良の集まりみたいな風紀委員を束ねているちょっと変わった上級生――、雲雀恭弥だ。
「沢田綱吉?」
「……あ、れっ」
「奇遇だね。赤ん坊の居場所わかる?」
「今日は見てませんけど。えっ?!」
 そう。いささか残念そうに囁いて、ヒバリは頭を掻いた。
「へえ。してやられたかな。このまま、いきなりやっちゃえって?」
「な、何がどうして……。ヒバリさん、そのかっこうは」
「暗に変な趣味だって言ってるの? それ」
「そんなわけでは!」
 そんなわけだ、が、口にしたらトンファーが跳んでくるに違いない。
 引き攣りながら後退り、けれどヒバリは許さない。ガシリと襟首が捕まれた。
 休日に、ちょっとCDを買いにでかけただけだ。シャツにジーパン、サイフとケータイはポケットに詰めただけの簡単な格好だ。
「あの、オレ、所持金は三千五百円で、CD買うお金しか持ってないですっ」
「誰が金貸してっていったの。君、ヒマなんだろ? せっかくだから付き合いなよ」
「どこに?!」
 ヒバリが親指を使ってサングラスをたくし上げた。
「買い物。そのために出てきたんじゃないの、きみも」
「なんでまたオレなんか……」
 ヒバリは赤ん坊と一緒に来たのだと言った。
「その前にスーツを新調する用事に付き合ってね。彼が、もののついでに、この一式をプレゼントしてくれたわけ。どうせだから普段着ないようなの買ってやるって……。インパクトで勝負だって」
 シャツの襟を掴み、ヒバリ。ヒマそうにブラブラとさせる彼が頼んだものはイチゴパフェだ。喫茶店のなかはクーラーが効いていた。
「あの……、買い物ですよね。なんでまた、こんなとこに」
「お腹すいてない? おごってあげるよ」
「は……。はぁ」
「たべないの?」
 ヒヤリ。サングラス越しに細められた両目を見初めて、即座に頷いた。
 イチゴパフェはなぜだかオレの目の前に。空腹を聞いてきたハズのヒバリさんの目の前には何もない。でもあきらかに、ヒバリさんは、オレが食べだすのを期待していた。
(べ、別に今って甘いもの食べる気分じゃないんだけど……!)
 じい。黒目は物語らないようで物語る。
「……嫌いだった?」
「いいえッ。んなことはないです!」
 丸みを帯びたスプーンを取り上げ、ほとんど泣き笑いでパフェに突っ込ませた。生クリームがでろでろにかかった特大パフェだ。絶対に胸焼けする!
「そう。映画、みにいく?」
「か、買い物は?!」
「イヤなの」
 ヒバリさんが憮然とした顔をする。
 慌てて首を振った。にこり、ちょっと目を疑うような笑顔をみせてきて、ヒバリさんは頷く。クーラーの風に当てられて、彼の黒髪はゆらゆらと揺れて、アロハシャツは軽くたなびいていた。
「そう。何がいい? そこにパンフレットあるよ」
 上機嫌にヒバリさんが席をたつ。カフェの入り口に並べられたボックス、その一角から映画雑誌を持ち出した。
「僕、ラブストーリーは嫌いなんだよね。ホラーは?」
 とんでもない! 首を振る。見たいものは? 黙り込むと、正直に言ってときたものだ。
 大人しくアニメ映画を指差してみた。けど。
「…………」
「ですよねえ! ですよねえ!?」
 アクション映画を指差すと、ヒバリさんはニコリとした。
「間をとって、コレにしようか」彼の指先が示したのは、――ホラー映画だ。
「ちょ、ちょっと……?! いやですよそんな」
「僕がおごるから。沢田には関係ないんじゃない?」
「いやいやそういう問題じゃなくて……?!」
「これに決定。食べ終えたら行こう」
 なんだそれは! ヒバリさんに突っ込む度胸なんてないけど!
 ……どうやってこの場を逃げ出そうか、そればかりを考え始めたころに、ヒバリさんがポツリと何かを喋った。ホントにこれでいいんだろうな赤ん坊、とか、そんな言葉だったような……、ん?
「ヒバリさん、今、なんていいました?」
「赤ん坊が帰ってこないって話だよ」
 そ知らぬ顔で、ヒバリさんが手をあげた。
 ウェイターに紅茶を注文する。日はまだ高かった。
「ま。拳銃二挺でデートなら安いものかな」
(…………?!)今度は、確実に聞こえた。じっとりと厭な汗が背中を湿らせる。ヒバリさんは物珍しげに雑誌をめくっていた。オレがみたいと言ったアニメ映画の特集ページで、指をとめる。
「…………」口の中はこれでもかと甘い。甘ドロだ。
「これ、毎週の放送、見てるの?」
「は、……はぁ。たまに忘れますけど」
 ふうん。素っ気なく囁いて、ページを飛ばす。
 紅茶が運ばれて、ヒバリさんが飲み干すころにパフェを食べ終えた。オレに対するヒバリさんのイメージがどんなものか不明だ。オレ、こんな甘ったるいものが好物と思われてるだろうか。
 映画を観終えた後、ヒバリさんは物いいたげにオレを見下ろした。
「ドキドキした?」
「……そ、りゃあ。むしろ吐き気が……」
(あんな胃もたれしそうな甘いモノの後にスプラッタみせられたら気持ち悪くなるよ! 最悪だよヒバリさん!)……もちろん、深くは口にだせないあたり、本当にオレって小心者だ。
 ヒバリさんは、考えるようにアロハシャツの襟首を撫でた。
 夕焼けの滲んだ空をみあげるサングラス。赤が反射して、こっちの目まで焼けそうになる。繁華街を抜けて駅に向かいながら、映画の内容を思い出して青褪めているとヒバリさんが呟いた。
「あれ、さ。吊り橋効果っていうもの知ってる? ドキドキしたのを恋に勘違いしちゃうっていう」
「……? あったような気がしましたけど、そんなものが」
「ふうん」
 じ。サングラスが何かいいたそうに見下ろす。
 ヒバリさんにサングラスでアロハシャツって、今、気づいたけど、ヤクザの組員みたいだ。口角が引き攣った。それをどう感じたのか、ヒバリさんは、途端に嬉しげにした。
「まぁ、いいか。赤ん坊によろしく言っといて」
「は?」(約束を破ったんじゃ?)
 やたらと嬉しげに地下鉄に消えていく背中。
 呆然と見送って、気がついた。時刻は既に六時。また、あのアニメ番組を見逃した。別にいいけど。
 けれども、二日後にヒバリさんから届けられたビデオテープは、その番組の奔走から特番まで、すべてを録画したものだった。『知り合いから奪った』とだけメモが同封されている。
 ……オレのご機嫌をとってヒバリさんに何の利益があるのかわからない。
「なあ、リボーン」
 居間で、ダンボールをあけながら青褪めていた。
 リボーンは、なぜだか楽しげにニヤニヤしながらオレを見下ろしてる。
「オレ、ヒバリさんが何をしたいのかわからないんだけど……!!」
「あいつの気に触るようなことしたんじゃねーの?」
「何でンなに嬉しそうなんだよ?! ヒバリさんの気に障るようなことなんて、何もしてないのにー!!」
 ぶっ。なぜだかリボーンが噴出した。失礼な反応だ。
 テレビでは、この前みたばかりのホラー映画のCMが流れていた……。未曾有の恐怖があなたを襲う! そう、まさにこれが未曾有の恐怖だ。
 目尻を潤ませて、ヒーヒーいいながらリボーンが人差し指をたてた。
「あ、あれだぜ。イタリアンマフィアって、殺すやつには事前に贈り物するんだ」
「ころっ?! こ、殺される理由もわからないのに?!」
 なおさら楽しげに、リボーンが腹を抱えた。
 あっ。そういえば。ヒバリさん、最後まで買い物いかなかったけどいいんだろうか。




 



06.06.25

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