※注意※
標的265パロなのに脈絡なくヒバリさんがでてます




















ナイトサファリ


  誰もしゃべらなくなると静寂が膜を張った。その静寂に、ジィンッ……とした耳鳴り音が混じり始めて不安で苦しくなってきた胸の内を自覚する。
(う……)剥き出した大地に寝転がっているから、というワケではなくて少年は苦しがっていた。
  明日、本当に勝てるのか?
  いや勝たなくちゃ。失敗なんかできないんだ。
  温もりに縋るように、両腕で抱いているものを強く抱き寄せると、――唐突に、それがスポンとして抜けた。
「ふえ?」間が抜けた寝惚け声が、綱吉の丸くした口唇から漏れた。
  土に手をついて顔をあげた。
  綱吉は、控えめに、逃げていく背中に呼びかける。
「お、おい、ナッツ……!」
  子ライオンに立ち止まる気配はなかった。
  もう少しで見えなくなってしまう。
  慌てて、手の甲で涎れを拭い、体を起こした。すると妙に寒気がして汗を掻いていたのだと悟る。
(し、しまった。不安がアイツには伝染するんだった!!)
  走りだす前にあたりを窺った。
  皆、明日の決戦に備えて寝ている。リボーンやラルですら俯いていた。本当は皆が疲れているのだ。
「……ナッツ!」夜がために冷える空気が、走りだすと勢いよく吹付けてきた。
  筺兵器でもあんなヤツがいるんだなと、驚きはまだ胸にあったが、困惑していた。
  ナッツが何を思っているのか、わかる。
「逃げちゃだめだよ。ナッツ。オレたちが戦わないといけないんだよっ」
  小声でひそひそと呼びかけると、子ライオンの逃亡スピードが弱まった。
「おいで。ライオンだろおまえっ。オレも怖いけど、皆も怖いんだ。一緒に頑張ろう。なっ?!」
  綱吉は出来うる限りに足を速めた。
  と、だが、緩まると見せかけた逃亡は、ナッツの柔らかな胴体を捕獲する直前にまた再開した。ヤダーッとか、声が聞こえてきそうだった。
「コラぁああっ?! 逃げるな!」
(うう、なんか自分を追いつめてるみたいだな!)
  いっそハイパーモードになって捕獲したろうかと思ったが、それは、ナッツを余計に怖がらせる。綱吉だって、怖がっているときに力任せに慰められたら嫌だ。
  たしたしたし。小動物の軽やかな足音を数分ばかりは追いかけた。
(――やばいな。これ以上は皆から離れられないっ!)
「ナッツ! オレにだって考えがある、ぞ――」
  懐から筺を取りだした。
  少しでも暖が欲しくて綱吉は筺からナッツを出していたのだ。筺に戻せば、彼の意思は関係なく閉じ込めておける。
(かわいそうだけどっ。仕方ないっ!)
  馴れた手つきで、ひゅんっとして右手で持ち替える。既にリングをつけているから、開匣のポーズを決めようと、した、ところで、
「ヒッ?!」
  綱吉は度肝を抜かれて足を止め、その胸に、急旋回したナッツが飛び込んできた。
「だあああっ?!」後ろに倒れた綱吉の目の前には、木の葉がたくさん散らばった。
  ひらひらとした群れを掻き分けるように彼は学ランをはためかせた。雲雀恭弥は、何してるんだろうこの子は……という呆れた目つきでそこに立っていた。
  正確には『そこに落ちてきた』である。
  綱吉が、ショックが冷めず、しかもがむしゃらに上着に潜ろうとするナッツに慌てている内に彼は口を開けた。
「これ以上離れると、危ないと思うけど」
「ひ、ヒバリさ……ん」
「赤ん坊からきいてないの。君の群れはあっちだろ。戻ったらどう?」
「え。え。えぇっ。ヒバリさんは何してるんですか?」
「僕も寝てたんだけど。逃亡者が出たようだったから」
「何してるんですか?!」
  どしぇっとして手を戦慄かせるが、脳裏にはシテヤッタリなあくどい顔をするリボーンが思い浮かんだ。恭弥とは不思議な同盟関係にあるらしいリボーンは、よく、二人だけで約束事を持っていたりするのだ。
  恭弥は、最近できたばかりのアイテムである手錠を片手で垂らしていた。
「さっそく出番かな。綱吉、手ぇ、だして」
「……や、やですよっ。展開に予想つきますよいくらオレでも!」
  腕章をつけた風紀委員長は、ニヤリとして笑っただけで自信満々に歩いてくる。
  ここまできたら綱吉が逃げはしないと自信を持っているのだ。実際、彼に背中を見せて今から逃亡を――なんてことは、恐ろしすぎてできなかった。
「ちょっ。に、逃げたのはオレじゃなくてナッツ――ですよ!」
「へえ。うそまでつくの?」
「ヒバリさんっ?!」
「君をタイホする」
  がちゃんっ。
  右と左の手首に、錠が嵌った。その手錠から、しっぽをプルプルさせて綱吉の胸に顔を埋めるナッツへと、そして青褪めている綱吉へと視線を昇らせて、雲雀恭弥はその目に翳った瞬きを刻む。
「綱吉をタイホするの、はじめてだね。今までさんざん風紀を破ってきた君をこーすることができて嬉しいよ僕は」
「な、何気に気に入ってるんですかそれ……ッ」
「ウン」思わずツッコミすると、向こうも律儀に返してくれた。
  何気なく、ナッツをあごでしゃくる。
「君も気に入ってるだろう。あんなに必死に追いかけてた。うん、まあ、似てるよね」
「似てるってのは、わかってますけど……。って、ヒバリさん、見てたんじゃないですか! これ、外してください!」
  両の手錠を差し出すも、彼は平然としていてまったくどうこうしようという気配が出ていない。
「君らしいよ。ライオンってね、個体としては強いんだけど、群れにいないと生きられないんだよ。一匹じゃ何もできない……、死ぬことは、できるかな?」
  ――え。
  かちゃ、と、そのタイミングで恭弥が手錠に触れた。ほどなくして手錠は外れたが、後味が悪くなって綱吉は自分から話しかけた。
「ヒバリさん。どうかしたんですか」
「大したことじゃないよ」
「言ってください」
「生意気だと噛み殺すからね」
  と、平素に聞けば震えあがるのだが、綱吉はナッツを抱きしめていた。ナッツが、おそるおそると恭弥をふり返っている。それが今の自分の気持ちだ。
「……ヒバリさんも怖いんですか?」
  言葉にしてから超直感が働いたのだとわかった。
  それから、当たり前だとすぐに気付いた。
  リボーンやラルでさえ、緊張しているのだ。言わないだけで恐れはあるはずだ。
  恭弥は何も言おうとはしなかった。夜の重みにすべて任せるようにして、ただ、自然に、暗闇に馴染んで立っている。黒尽くめの風紀委員長は、そうすると風紀をまとめるというよりは風紀を破るものとしての存在感のが強くなる。要するに怖いのだ。見た目が。
(あ。当たり前とはいえ、言っちゃダメか。怒られるか?)手でゆるくナッツを撫でながらも、しかし諦めなかった。
「オレは、逃げませんよ」
  と、恭弥は、急に気配を乱した。複雑そうに眉間をしわ寄せて薄く頬を寛がせる。
「ワオ。ムカつくね。君に言われると。やっぱりタイホかな」
「ほ、本当は逃げたいですけどっ。でもモトの生活に戻すために頑張るんですっ。皆といっしょにそう決めたんです!」
「ワオ。ライオンのリーダーなんだね。群れの意見を尊重?」
「――茶化さないでくださいよぉっ」
  情けなく語尾が濁ってしまうと、一気に説得力がなくなったよう感じられて悔しくなった。
「ともかくも逃亡禁止と、はやく寝なよってコト。夜更かしは禁止だよ。並中の生徒は特にね」
「なんですかその括りはっ」
「中学生が深夜まで起きてていいのは紅白の夜だけね」
  昔ながらの日本人のようなことを言いつつ、恭弥は、人差し指を立てる。
  そこにはクルクルとして手錠が廻っていた。
  バスケットボールをまわす要領なのかなんなのか、綺麗な廻し方だった。はやくも手慣れた廻しっぷり。
「寒くて寝られないの? そこのイヌが邪魔ならボックスに戻したら」
「ナッツですよ」でも、わかってて敢えてイヌ呼ばわりなんだろうなぁと思った。綱吉が覗きこむと、ナッツも、不安げに綱吉を見上げていた。
  目を合わせて五秒で、首を横に振った。
「もう逃げないよな。一回失敗したら、次にまたすぐチャレンジするようなヤツじゃないもんな、オレ……。うん。明日は、勝つよ。それしかない。だよな、ナッツ!」
  強めに、頭を撫でた。
  そうしながら(そうか)と納得したりもした。次にこんなことがあったら――ハイパーモードで説得してみよう。綱吉がやらない方法だから、効くのかも、しれない。
「ヒバリさん。明日、よろしくお願いします」
  自分にとってのハイパーモードである彼は――恭弥は、初めて会ったときから、綱吉にとって強烈なカテゴリーに分類されているセンパイでもあった――、ン、と、気のない返事をして踵を返した。
「おやすみ。よく寝なよ」
「はい」見る間に、何をどうしているのか、彼は木の幹に手をかけただけで月に近いところに移動した。
  綱吉も、一秒でも多く寝るために、ナッツを抱えながら小走りで戻っていった。最後に舞った木の葉が着地する頃には、誰も残っていなかった。

 

 

おわり







09.11.09


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