彼の誕生日


  かぽーん。竹と石とが衝突を起こした涼やかな音色が和室に響く。雲雀恭弥は、和服姿で一人、和茶をたしなんでいた。
「……。いいね」
 ぼそりと呟く。膝には、彼の愛鳥が座す。
「ふふ。まだだよ。お預けだから」
「ぴ〜」
 黄色い毛玉のようなヒヨコのような生物外のような鳥類が切なげに呼応した。目の前には、和紙に載せられたまんじゅうがある。
 雲雀は、そっと懐に指を差し入れた。
 手のひらサイズで長方形。縫い目には白い太紐が見える。あでやかな赤色の小物入れだ。中から、平たい楊枝入れをだして、竹製の楊枝を抜き取った。
 平たくて刃の役目も兼ねたものだ。
 切れ込みをいれて、上品にまんじゅうのかけらを作ると、雲雀はかけらを膝に載せた。
「どうぞ。お茶はいるかい」
「ぴ〜」
 鳥は無造作にかけらをつまむ。
「ふふふ……」
 愛しげに見つめつつ、雲雀は、自分の分もまんじゅうを切り分けた。
 かぽーん。
 竹の音色が、やわらかく鋭く、鼓膜を打ち鳴らす……。
 なんて淑やかな太鼓だろう。
 と、その時だ。
「愛しのセニョリータ! どこへいくのですか!」
「どわだぁああああああああああああ!!!」
 塀の外から大絶叫が響いた。雲雀がズルッと肩を滑らせた。愛鳥は「ぴびぃ〜〜っ!!」と叫んで飛び立った。
「くふふふふふ綱吉くん、逃げられませんよ! というか何で逃げるんですか? そのために二人きりになったんでしょう!」
「手刀くらわせて気絶させた挙げ句に勝手につれてきただけだろーが! どこだここはぁああああ!!」
「山奥でーす。二人きりでーす」
「いぎゃぁああああ!!」
「…………」
 雲雀恭弥の黒目が据わる。
 ひとまず。ぱく、と、一口だけまんじゅうを口にした後、雲雀は後ろにかけておいた風紀委員の学ランを掴んだ。トンファーも二本まとめて掴んで、だっと駆け出す。
「ぴー!」
 愛鳥が空から雲雀を鼓舞した。
「人ん家の敷地で何してんの!」
「!」
「どえっ?!」
 山林の中に逃げ込もうとした沢田綱吉と、彼を追って――なぜか上半身が裸の――六道骸が、驚愕に眼を剥いて雲雀をふりかえった。
 和服の形から学ランを引っかけて、雲雀は塀の上に立っていた。和服の裂け目から、麗しく逞しげな腿がのぞく。
「ゴールデンウィークだっていうのにやることは変わらないんだね君たちって……。って、いうか、綱吉。なにしてんの?」
「えっ、いやっ、あ、あの、ウチもゴールデンウィークで……近くの温泉に……、旅行を」
 ぼそぼそとためらいがちに呻く沢田である。
 雲雀は気に入らないと眉をひそめる。
「六道骸と?」
「こ、こいつは勝手にくっついてきただけで!」
「僕らも旅行で温泉ですよ。まあ沢田綱吉のスケジュールと合わせたのは偶然を装った故意ですが」
「おっ、オレは、一緒にきてもいいなんて言ってないんですからね!」
「僕だってついて行きたいとは言ってませんよ」
「相変わらず変だよ君たち」
 頭痛をこらえて、こめかみを人差し指で抑える雲雀である。ケッと悪態をつく六道に対して、沢田は慌てた。
「コイツと一緒にしないでください!」
「くふっ。セニョリータは冷たいですね……」
「やめろ! 何だよセニョリータって!」
「君のことです」
 格好をつけて明後日を眺めつつ六道骸の台詞には冗談の気配がない。真性の予感におののく沢田を放って、雲雀は、トンファーを回転させていた。
 電光石火の素早さで、六道の立ち位置に穴が穿たれた。
「だぎゃあっ?!」
「おっと。そっちこそ凶暴ですね相変わらず」
 すたんっ。離れた位置に着地しつつ、六道も己の武器を取り出そうと虚空に向けて手を伸ばしたが。
 ぴー!!
 と、鋭く鳴色がなる。
 雲雀恭弥の飼い鳥は、主人を守ろうと六道の顔面に向かってダイブしていた。
「ぶっ!」
 目鼻の真前で羽根をばたばたされて、六道はこめかみを青くした。
「鳥類の分際でヒエラルキーの頂点に君臨する筈の六道骸の顔にキスするとはどーゆー無礼ですかっ」
「! 骸!」
 沢田綱吉が叱咤した。
 鳥をはたき落とそうとした六道の平手がピタッと静止する。急いで駆け寄ると、沢田は両手で包み込むようにして鳥を捕まえた。
「ぴー! ぴー!」
「……かわいそうなことはするなよ」
 半眼で六道骸を睨む。
「ふん」
 六道は拗ねて鼻を鳴らした。
 腕組みして、そっぽを向く。ところで、その方角には、雲雀恭弥がトンファーを構えた状態で待ち構えていた。
「今の、何しようとした?」
「…………」
「かみ殺すよ」
 眼を丸くしていたが、気を取り直して、六道は気障ったらしく唇に笑みを裂く。
「……フ。唐揚げはお好きですか」
「死ね!」
「ひーばりさーん! ヒバードどうすればいいんですかっ!」
 手中の鳥はじたばたしている。
 沢田綱吉の悲鳴も放っておいて、少年二人はバトルを再開させていた。二人は顔を合わせる度にこうだ。もはや挨拶だ。
 そんなこんなで5月5日の夜も更けたわけだが。
「あの。ヒバリさん。今日はお邪魔しました」
「ほんっっっとにね」
 二人は、雲雀家の玄関を前にしていた。六道骸は追い出したが、沢田綱吉はしばらく家に滞在したのだ。
「あ、危ないところも助けていただけちゃって……」
「まあ。そうかもね」
 温泉街と雲雀の別荘とは離れたところにある。バスでいうと二駅分の距離だ。六道骸がよからぬことを思って沢田を連れ出したとは、まあ、彼に訊けば何か言うかもしれないが、ほぼ正解だろう。
 ふと、このまま、夜道に一人で沢田綱吉を帰すのは危ない気がする雲雀である。
 でも今更見送るなんて言い出すのは格好悪い気がした。
 雲雀が黙ると、沢田は居づらそうな顔をした。だけどそのせいで彼は告げる気になったようだ。早口でまくしたてる。
「あの。オレ、ほんとは、ここにヒバリさんの別荘があるとか休日はよくこっちに来てるとか知ってました」
「え?」
「きっと、ここにきてると思ったから……、でも別荘の場所がわからなくて」
「? 綱吉? それってどういうこと……、綱吉」
 語尾の呼びかけは丸い声になる。雲雀恭弥の目の前に、鳥柄のキィケースが差し出された。沢田は、両手でそれを突きだして、顔を真っ赤にしている。
「誕生日おめでとうございますっ!! いつも助けて貰えて、その、おれ、感謝して……、してます!」
 言い切ると、雲雀の手にブツを押しつけて、慌てて夜道を走っていく。反射的に雲雀は沢田の腕を掴んで引き留めていた。
「っ? ヒバリさん?」
 雲雀恭弥は眼を丸くする。自分の手を驚いて見つめた。それから、誕生日プレゼントと沢田綱吉とを見比べる。
 っぷ、と、笑えた。
「君、かわいいことするね」
「?!」
 沢田は赤面を酷くした。
「ありがたくもらっておくよ。で、帰るんだろ? 送ってってあげる。バイクだすから、待ってて」
「なっ?! え。い、いいんですかっ」
 玄関の中に戻る雲雀である。
「構わないよ」
「って、その格好で?!」
「? おかしいかい?」
 和服の裾を持ち上げ、身なりを整えつつ、雲雀は頓狂な顔をして沢田綱吉をふり返った。
 夜はさらに更ける。愛鳥との楽しいひとときを邪魔されたときは、今年はもう駄目だと思ったものだが、まあ結果的には悪くないかな、と、バイクを走らせながら雲雀恭弥は誕生日の総括を行った。爽やかに吹く風が、実に気持ちがよかった。








>>もどる

08.05.05