パフェはお好きですか
「へえ。これがパフェ」
低い声音で呟いて、猫背になったままで少年がスプーンを咥える。
どきどきしながら見守っていた。綱吉の背中はじっとりしている。感想を聞くのも恐い。むしろ言葉をだすのが恐い。学校帰りの女子高生ばかりの店内で、ピンク色のカーテンを背景にして並盛最強の風紀委員長は空になったスプーンを口から出した。
「…………ん。ま、想像通りの味かな」
ぺろりと自らの唇を舐める。ストロベリーパフェにスプーンを差し、生クリームを取り上げつつ、黒目が不思議そうに綱吉を見つめた。
「食べないの? 君」
「あっ、いや、そういうわけでは」
慌てて手元のチョコレートサンデーへと目線をおろす。
スプーンで、バイラアイスの上に塗りたくられたチョコクリームを掬い取る。パクつけば、じわじわした甘味が広がっていく。幸せな気分になれる一つの方法だ……、だったが、綱吉は冷や汗を掻いた。
視線を感じる。雲雀恭弥は、不思議そうな瞳そのままでチョコレートサンデーを見つめていた。
「そういうのもあるんだ。ふうん」
「……食べてみますか?」
「うん」
ぶすり。チョコクリームとバニラアイスを、一緒に掬って口に含む。
目を白黒とさせながら、飲み込む。風紀委員長を見上げながら、綱吉は遠い目をしてしまっていた。下校間際にたまたま顔をあわせただけだったはず。それが、どうしてか、
『ちょっと、一人じゃ行きづらい。付き合って』
と、首根っこを掴まれバイクに乗せられ、あれよあれよと言う間にカフェパーラーである。
(しかもヒバリさんのオゴリ……。祟られたりするのかな)
もくもくと、無言のままにパフェを食べつづける男子中学生二人。
周りにはどう思われているんだろう。
チラりと覗くと、女学生の数人がヒバリをちらちらと覗いていた。この状況でも堂々とする彼は、どこか貫禄があって格好いいものだ。綱吉にもそれはわかる。わかるが。
「…………」またも、冷や汗を掻いていた。思い切って訊いてみる。
「あ、あの。交換しますか。いいですよ、おれ、イチゴも好きだし……」
「ううん。いい。いらない」
黒目が、じっとチョコレートサンデーに刺さったパイ皮を見つめている。
口角を引き攣らせつつも、綱吉も首をふった。
「じゃあ、もう一口いりますか。どうぞ」
「うん。もらう」
指でパイ皮を取っていって、ぱくり。
それきり、食べ終わるまでヒバリは無言だった。
綱吉の存在をまるで無視しているとも言える。彼に習い、というか逆らうこともできないので様子を見ながらパフェを食べつづけ、中身を空にする。ヒバリが首を傾げた。
「おいしいの?」「はぁ……。おいしいです」
(何で疑問系なんだろう)
「ふうん。これ、ずいぶん甘いんだね」
考えるようにヒバリが目を細める。
なぜだか風紀委員の腕章がまぶしい。思慮深げに眉を寄せていた。
「これ、売店で販売して欲しい?」
「は……」「そういう打診があってね。どうなの」
「いや……。まあ、あったら女子は喜ぶんじゃないですか」
周りの女学生を見渡しながら、綱吉が首で頷く。ヒバリは、確かに、というように辺りを見回しながら自分でも頷いた。懐から生徒手帳を取り出し、メモを取っている。でも、甘いな。何度か同じ言葉を繰り返していた。
「甘ったるくない? おいしいの?」
(ヒバリさん、不味かったんじゃ……)
うすうす思いつつも、綱吉は頷いた。頷いても頷かなくても、どっちでも殴られるような気がしたから感じた通りにしたのだ。しかしヒバリは殴りもせずにメモを取りつづけた。
「ふーん。わかった。じゃ、11月から発売ね」
「あの……、そういうのって、学校がやるんじゃ」
「? 風紀を取り締まるのが風紀委員だろ」
(売店に並んでるものは風紀で取り締まりされてんですか?!)
内心でヒキつつも、綱吉はわかったような顔で頷いて見せた。これは、頷かないと殴られると確信していた。ヒバリは満足げに手帳を戻し、席を立った。
「協力ご苦労」
「はあ」
店をでると、ヒバリは、また考えるような目をしていた。
バイクの後部座席を綱吉に示しつつ、じろじろ全身を眺めて回す。
「まあ……。標準的な学生か。えーと、沢田。沢田綱吉でいいんだっけ」
「は。はい」(そういえばヒバリさんの前で名乗ったことないな)
ビシリ! と、ヒバリは人差し指を突きつけた。
「特別顧問に決定ね。たまに今日みたいに付き合って感想教えて」
「はあ……、って、え、ええええぇええ?!」
「文句があるんだ?」
ヒバリが両手を突き出す。
袖口からトンファーが飛び出るのは綱吉もよく知ってる。ぶんぶんと青い顔で首をふり、すると満足げに風紀委員長がバイクに跨った。
「じゃ、ついでに二軒目いこうか。ラーメン好き?」
「は、はああ……!!」
これって人身御供か?!
内心でツッコミつつも、逆らえるわけなく、綱吉もバイクに腰をおいた。秋風がびゅうびゅうと吹いた。でも、奢ってもらえるならちょっとイイかも。思ってから、綱吉は単純な自分にツッコミをいれた。でも相手はあの風紀委員長なんだから何が起こるかわかったもんじゃないぞ!
バイクが滑り出す。綱吉はツッコミが正しいことを知る。
(ヒバリさーん。制限速度……!!)風を悠々と追い越し、次々に乗用車を追い越し、ヒバリはさらにスピードをあげる。必死に背中にしがみ付きつつ、綱吉は自らの不運を呪った。というか、
(この人ホントに風紀守る気あるの――?!)
終
>>もどる