クリスマスの朝と

 

 

 よろめきながら、少年が家をでた。
 冷えた朝日が肌を苛む。マフラーを襟首に押し込めて堰をつく、玄関先から叫ぶ声が聞こえた。「ばかやろー!! 十代目までくだらねー遊びに突き合せるんじゃねえよ!!」
「何いってんだよ獄寺。おまえだってノリノリだったじゃねーの」
「ていうか、意外と格闘ゲーム弱いんだな」
 ニカリと笑う級友の姿が脳裏に浮かぶ。
 テメーと激昂した声が聞こえるのはいつものことだ、振り返りもせずに、ツナは自宅へと足を向けた。クリスマスパーティの後に、山本宅へと移ってゲーム大会となったのである。ツナがゲーム機を持ってきて、男子だけで5タイトルもの格闘ゲームパズルゲーム推理ゲームに興じたのだ。
(すっごい濃いクリスマスだった……)ふうと息をつく。
 了平は、いまだに山本の部屋で寝ているはずだ。
 耳には馴れた温もりがない。眠気と寒気とで額の真ん中がくらくらとした。
 山本と獄寺の一方的な言い争いはどこまでも続きそうだ。(待たなくてもいいよな……)
 特大のあくびを噛み殺す。目蓋を思い切り顰めさせた、と、ドスンとぶつかる感触がした。誰かと正面衝突をしたのだ。目の前にあるゴワゴワした制服をじぃと見つめながら、ツナがうめいた。
「ごめんなさい、よそ見してました……」制服は緑色だ。よろりと右に逸れた。
 が、後ろから首を掴まれた。
「おはようございます」
「んあ!?」力はこめられていない、それよりも氷のように冷えた指先が、マフラーの温もりに割り込んで首に触れたことが衝撃的だった。首を竦めた途端に鳥肌が全身に浮かび上がった。
「寒――っっ」
 少年が戸惑ったように眉根を顰めた。
「綱吉くん? 僕ですよ。わかりませんか」
「さむい……。眠い。……六道骸?」
「はい」振り向いたツナを、骸はまじまじと見下ろした。
 茶色がかった瞳にオッドアイが歪曲して映る。(どうしてこんなとこに……。いや、それよりも。寒いし眠いしダルいや)首を掴む腕をどかした。骸はやはりじぃーっとツナの目を覗き込む。
 その後ろから、二人の少年が駆けてきた。
「骸さま! あの男がきますよ!」「ったく、あいつのせーでお膳立て台無しー」
 千種と犬が肩を並べていた。犬の頬には赤黒いものが付着していた。「ああ。わかりました」
 耳を澄ませば、バイクのエンジン音が聞こえる気がした。
「あの男も本当にしつこい……。大体、僕らは直接手を下してないというのに」
「ちょっと陽動かけただけじゃないですか、ねえ」憮然として肩を持ち上げる。
「警察を襲撃させる作戦自体が、ちょっと、じゃないかもしれませんね」
 千種が骸とツナとを追い越した。ややして、獄寺がテメー?! と素っ頓狂に叫ぶのが聞こえた。
「クリスマスの朝っぱらから面倒と思いませんか、綱吉くん。君はずいぶん楽しんでたみたいですけど。徹夜明けですか?」
「はあ……。そうですよ。骸さん」ごしごしと強く目をこする。
 ハイと、楽しむような返事が返された。
「ハッピークリスマス。これあげますよ」
 マフラーを差しだす。開け放しだったコートのボタンを閉めれば、ひやっとした感触がいくらか和らいだ。色互いの瞳もこれは予想外だったらしい。キョトンと丸くなっていた。
「プレゼントですか……? なんでまた」
「俺はサンタだったような」骸が軽く噴出した。
「寝ぼけてますね。面白いジョークですよ」
「すごく寒そうですもん。指も雪みたいに酷い温度です」
「ほお。サンタさんは親切ですね」マフラーを見下ろし、左右にクイと引っぱる。シンプルな白色だ。
「ヨーヨーやろう! 何でテメーがここにいるんだっ」
「あ。てめー、いつかの野球男!!」
 ギャアギャアとした叫び声がどこか遠くで聞こえる。
 うるさいと思いつつ、ツナは骸がマフラーを首に絡めるのを見守った。
「似合ってますよ。白くてふわふわしてて、暖かそうです」
「そうですか。似合う似合わないといえば、あの男が妙な耳当てをつけていて笑ってしまうんですけどね。それでゾクの集会に突っ込んでくるなんて大した神経ですよ」「はい?」
「ただのバカな男の話です」
 掠れる視界のなかで骸が微笑む。その顔がやたらと近くにあった。
 両頬に冷えた指先が添えられる。上向かせられ、額に軽い口付けが贈られた。
「ありがとうございます。残念ながら、お礼をあげる時間がないのですが」
 唇は冷えていた。首を縮めるツナに笑って、少年は体を放す。
 塀に手をかけ、一瞬でよじのぼった。
「千種、犬! 遊ぶな!」叫び声と爆音とが止む。
 卑怯者ーっ、と、耳に馴れた声が叫ぶのが聞こえた。ツナはすでに半分ほど夢へと漕ぎ出したような状態だ、閉じかけた目蓋を見下ろして骸が苦笑した。
「その様子じゃ、君もお礼を受け取れないでしょうしね」
 タンッと民家の屋根に飛び移る。
「しばらくは窓の鍵はかけずに。Arrivederci!」
 三つの影が、屋根伝いに消えていった。

 

 


 

 

 


>> 12月24日のつづきです
>> Arrivederci 「また会いましょう」

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