クリスマスの夜と

 

 

「も〜っ、こんな日に限って母さんもドジなんだからなー!」
 携帯電話を握りしめながら、綱吉は住宅街の中を駆け抜けていた。
 京子宅でのクリスマスパーティから抜け出したのだ。同行すると叫ぶ獄寺を振り切って(家まで十分もないし)(それに獄寺君がいると面倒になりそうだしなぁ……)わが家を目指していた。母親からの着信で、テレビを消し忘れたので、消してきて欲しいと頼まれたのだ。奈々は友人とのクリスマス会だとウキウキしなから朝からでかけていった。学校帰りそのままでクリスマスパーティに出向いた綱吉なので、自宅で例えガス栓が開けられていても気がつかないだろう。
 しかしテレビのためだけに出向く自分も貧乏性かもしれない。思いつつ、家の前まできたところだ。バイクが飛び出し、綱吉が叫んだ。「ヒバリさん?!」
「! 綱吉っ?」
 ギュンとタイヤがうなる。
 コンクリートに黒い皺を刻みつけ、車体が綱吉の右隣で急停車した。
「うわぁっ……」一歩間違えれば、踏まれていた。
(いや死んでたよ!)ヒバリに怒鳴るだけの度胸はなかった。
 青褪めた綱吉をまじまじと見つめ、ヒバリがフウと息をついた。
「怪我がないようで何より。気をつけてよね、雪で視界が悪いんだから」
「やっ……。できれば雪の夜に全力疾走しないでほ……し……」
「どうしたの? 確かクリスマスの集まりにでてるって聞いたけど」
 疑問符が浮かぶ。目聡く、ヒバリが先回りをした。
「赤ん坊から聞いたの。だからクリスマス・イブには来るなよって」
「へえ。そうだったんですか」
 リボーンらしい気遣いというか、単なる事実通告というか。
 まんじりともせずにヒバリを見上げていると、彼は雪空へ視線をうつした。
「もう行っちゃったかもね」「え?」
「あ。ヒバリさん、急いでるんですよね。いいんですか?」
「だから、もう行っちゃっただろうからね。急ぐ理由が無くなった」
 釈然としない喋り口だった。綱吉が首を傾げるもヒバリに取り合う気がなかった。
「君は気にしなくていい。で、集まりはいいの? 放っておいて」
「ああっ。よくないですよ、ケーキ食べられちゃう!」
 慌てて玄関に駆け込み、扉を開ける。誰もいない室内で、人が喋るデジタル音だけが木魂していた。靴を投げ捨てテレビを消して、急いで玄関に戻る。そこで足を止めた。ヒバリは、まだバイクごとその場に留まっていた。
「ヒバリさん?」
「どうせだから送ってあげる」
 吐きだす息が白く固まる。ヒバリは自らの肩で固まりを解いて、バイクを道の中央に移動させた。「笹川の家でいいんでしょ? 五分もかからないよ」
「あ、ありがとうございます……」
 顎でダンデムシートの後ろをしゃくられる。
 ひとりが座れるスペースがあった。おずおずと跨り、ヒバリの背を見上げる。身長差があるためにやたらと背中が大きく見えた。(あ。襟口。ちょっと濡れてる)さらさらした雪が頭の頂点も濡らしていた。ヒバリは普段のガクランのままで、コートも羽織らずに雪中を疾走していたらしかった。
(俺なんかマフラーに耳当てに、裏地付きのコートで全身固めてても寒いのに)
「それじゃ振り落とされるよ」肩越しに黒目が綱吉を睨んだ。
「腰に手を回して」
「……?」
 ぎゅうと自分の腰を掴む。
 あからさまに眉根を顰めてヒバリが言った。
「馬鹿だろ、君」
「なっ。いきなりなんですか!」
「こっちの腰だよ」冷え切った両手が、触れた。
 グイと乱暴に引かれた。ヒバリの腰に巻きつける格好になった。
「力いれててよ。噛み殺すならまだしも、転落死させるつもりはないんだから」
 薄くハテナマークを浮かべつつも、ぎゅっと腕に力をいれる。背中の体温は下がりきっているようで、雪の塊に抱きついているような心地だった。(ヒバリさん、寒くないわけ……ないよなぁ)
 バイクのエンジンが吼えた。車体が小刻みにブレはじめる。
「わっ」「喋ると舌噛むよ」それが合図だった。車体が滑り、反射的にヒバリの腰を渾身の力で抱きしめた。ガンと後ろ髪を引かれるほどの圧力が一瞬でかかったのだ。
(バ、バイクこえ――!!)バイクに登場した経験など綱吉にはない。
 視界から景色が吹っ飛んでいくことも怖い。北風との激突はヒバリが引き受けていたが、彼との僅かなすき間に風が入り込んでグイグイと全身を引っ張った。(ひいいいっ)がむしゃらにしがみつく。背中をいやな汗が伝い、脳天がぐつぐつ煮だったころにバイクが停止した。……笑う声がかすかに響く。ヒバリだ。
「ついたよ。いつまでしがみついてる気」
「えっ! アッ、す、すいません!」
「転ぶよ」足が雪で滑っていた。自覚するよりも前にヒバリが腕を掴んだので、ドキリと心臓が跳ねた。慌てた口が無意識に喋った。「ひ、ひばりさんはパーティにこないんですか?!」
「……。僕は群れるのきらいって、わかってるの」
 あっ。トンファーの一撃を覚悟した――が、やってくることがなかった。
 ヒバリは緑と赤のモールが括りつけられたアーチを眺めた。玄関の上で括られていて、メリークリスマスとの手書きプレートが下げられていた。「それに僕は忙しいしね。毎年、ゴミ掃除だよ」
「ゴミ?」「おいしそうに腐った連中が多いからね」
「さ、さいですか……」
 ヒバリの目元がエモノを前にしたように笑っていた。
「こんな夜中に群れてる君も連中の一人かな? とびきり美味しそうに見えるよ」
「は。はははははは。そんな。もっと美味しそうなの、いっぱいいるんじゃないですかね」
 クとヒバリの喉がなる。綱吉がバイクから降りると、再びエンジンをふかした。
「やっぱり行ってみようかな」
「最初のとこですか?」
「そう。隣町の暴走族が集会してるって情報があってね。移動してるかしてないか、微妙なとこだけど行ってみる気になった」
「はあ」(考えようによっちゃ、町の平和を守ってるって……)
(考えられないこともない、のかな?)(でも結局は自分で楽しんでボコってるしなぁ)
 ウーンと思案する脇でエンジンがひときわ吼える。じゃあね、と、ヒバリが薄く囁いた。
「ヒバリさん、まってください!」「?」
「送ってくれてありがとうございます。あとコレ」
 耳当てを外し、ポケットからチョコレートを取り出す。
 最初に京子宅にあがったさいに貰ったものだ。ヒバリが目を丸めた。
「メリークリスマス」耳当ては真っ赤だ。差し出されたチョコの包装紙と耳当てと見下ろし、ヒバリがそっとチョコレートを取り上げた。「クリスマスプレゼントのつもりなわけ」
「それとお礼です。すごく寒そうだから」
「ふうん」耳当ても取り上げ、バイクのミラーに手を伸ばす。
 二つのボンボンを掴んで、くっと左右に押し広げた。間に顔を挟む。綱吉がくすりと笑った。
「似合わないと思うんだけど」
「でも暖かそうですよ」
「ふうん」チョコレートをシャツの胸ポケットに放る。
 再びグリップを掴み、足を放す。
 振り返らないままで、バイクが走り出すのと同時に呟く声が聞こえた。
「メリークリスマス」駆け抜けた瞬間に、アーチのモールがバタバタと揺れた。緑のモールがとれた。取り上げ、 付け直してから玄関を叩いた。
「ごめん! 遅れた! もうケーキ食べちゃった?」
「十代目っ。まだですよ。待たせてあるに決まってるじゃないスか!」
 獄寺が飛びだす。暖房の効いた室内はクリスマス一色に染められていた。赤と緑のモールが壁に張り巡らされている。中央におかれたプラスチックのツリーには、白と赤のモールが幾重にも重ねられていた。てっ辺には、ゴールドのスターだ。綱吉が到着したのを見つけて、何人かがリビングを飛び出していった。
「早かったな」「へへ。ちょっとね」
 コートとマフラーを脱いだところで、お手製のホールケーキをもって京子が戻ってきた。
 後ろからケーキナイフを持った了平、十人分の皿を抱えたハル。肩にはリボーンだ。
 ケーキをテーブルにおいて、京子が首を傾げた。
「あれ? ツナ君、耳当てしてなかったっけ?」
「へへ。ちょっと、サンタになってみたりして――……。なんてね!」
 綱吉は目と唇を笑わせる。照れたような嬉しそうな、幸せそうな笑み方だった。
 つられたように京子もニコリとした。

 

 


 

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