忘我
驚いて顔をあげた。
「ディーノさん? どうしたんですか」
「……あ、いや。何でも」
低い音色だ。タンポポと同じ色をした瞳をすぼめて、ディーノは寝返りをうった。指先に絡み付いてから、するり、一枚のわら半紙が落ちていく。
ゲーム機のコントローラーを片手で掴んだまま、ツナはわら半紙を拾った。夜半にやってきた彼が、そのまま沢田家に泊まるといって、眠る前に綱吉の部屋へと遊びに来た。それから十分と経っていない。
ディーノは、ツナのベッドに寝転んだままでゲーム画面を眺めているはずだった。
「…………」
机に出しっ放しにしていた半紙だ。
ツナは眉を寄せる。
変哲のない内容だ。
ありきたり。この年代の少年にしては余りにありふれたアンケートだ。
見上げても、数秒前の陽気な態度を消したままで青年は寝転んでいた。背中が大きい。が、彼は自分が思うよりもはるかに若いらしいとツナは最近になって気がついた。
ディーノはリボーンの弟子だ。ツナのもとへと来る前に手間ヒマをかけていた愛弟子だ。そして、ディーノは学生の頃にリボーンの世話になっていたらしい。
(なんか、そこらへんチョット立ち入りづらいんだよな)
リボーンは過去を語りたがらない。ディーノもだ。
「疲れてるんですか?」
「ん……。んん」
「日本に仕事できたんですよね」
「ん」
「気疲れとかですか」
想像力を働かせているつもりだ。ツナの語り掛けに、ディーノは短い返事を返していった。その声はだんだんと声量を小さくする。テレビの音に負けそうなほど小さくなったところで、ツナはディーノを振り返った。
「あの。もしかして、気分悪いんですか」
「ああ……。そうかもな。別に大したことじゃねーけど」
「誰か、部下の人を呼びますか」
「必要ねえよ」
「リボーンは――」
「必要ない」
困惑に眉根を寄せる。
わずかな逡巡の果てに、ツナがうめいた。
「じゃ、せめて、ディーノさんそこで寝ちゃいますか? オレが下に行って寝ますよ」
タンポポ色の瞳が、肩越しに振り返る。彼にしては珍しく、感情の薄い――、感情を悟られぬよう気を配った眼差しをしていた。
ツナが目を丸くする。間髪を与えず、ディーノは頷いた。
白い歯を見せる。
「ありがてえな。一緒に寝ようぜ?」
「ええ? 無茶ですよ。狭いもん」
「構うもんか。ゲーム、終わりそうか」
時計を見上げて、ツナは頷いた。明日がある。
ディーノは朝の一番にでかけていく。その行き先をツナは知らない。知らなくていいことだとツナは思う。ディーノの仕事について深く考えたことも聞いたこともなかったが、子供らしい気軽さの前では、疑いという言葉は微塵も浮かばないのである。
電源を落とし電気を消す。
ベッドに潜る前にわら半紙を踏んでしまった。テーブルの上に戻してディーノの隣に並んだ。彼は、背中を向けたままで丸くなっていた。かすかな息遣いが触れ合った肘から伝わってくる。
徐々に目蓋がさがる。わら半紙のはしっこだけ、少しだけ見えた。
(どう答えようかな……。リボーンのせいで忘れがちだけど)
(もうすぐ三年生だもんなぁ。進路、考えなくっちゃ……)
冒頭の一文が脳裏に浮かぶ。うとうとと読み上げた。
(五年後のあなたは、何をしていると思います、か)
ふと興味を感じ、ツナは内心でディーノへと問いかけた。わら半紙の最後に書かれた一文、そっくりそのままの問いかけを繰り返す。
(小さいころの夢は、何でしたか?)
ディーノは身動ぎすらせずにいた。寝息は聞こえない。
薄れいくなかで疑問を感じたが、抗えず、眠りに落ちた。夜の闇は均等になって辺りを包み、隠し、覆いかぶさる。何も聞こえない。
おわり
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06.7.13