彼は本来、疑りふかい

 

 

 

 疑うことを忘れたワケではないのだ。
 頭でわかっていながら、ディーノは一分の疑いも挟まずに扉をあけた。
 期待した通りに、少年はリビングで寝転がっていた。帰りを待つと彼が言ったのは、今から二時間も前の携帯電話から。
「……いい子だ」クッションに額を押し付ける、その後頭部を撫でる。
 胸を蝕んでいたものが、すっ、と、消えていく。金髪の青年は目を細めた。
 疑うことを忘れたわけではないのだ。ただ、子供が、あまりに無邪気に自分を受け入れるから。
 つい、伸ばされた手を掴みたくなるのだ。そしてそのうち、手が伸びてくることも掴むことも日常の一部だと思ってしまって、当たり前のものだと思ってしまって、疑う自分自身が許せなくなって、世の中全てに親しみを向けたくなってしまうのだ。
 この、胸に灯る情感に名前をつけてやりたくなるのだ。
 ツナの頭を何度となく撫でながら、ディーノは窓辺を見つめた。
 そこには赤ん坊がいた。闇といっしょになって、わだかまりながら、じぃとディーノを見つめてくる。
「首尾は」「完全に掌握したぜ」
「今は何時か、わかるな」
「深夜の二時。昔、リボーンがオレを教えてたころなら弾丸がとんでくる頃合だな? わぁってるよ、ちょいと失敗した。てこずったんだ」
 諌めるように青年を睨んでから、リボーンはツナを見つめた。
「待つって言って、聞かなかったんだぞ。呑気なもんだぜ」
「ツナには何もいってねーだろーな」
「ああ。まさか、その兄弟子が殺しにでてるなんて言えるわけねえ」
 自嘲気味な呟きに、同調してディーノが唇であざけった。
「今のジャッポーネでならボンゴレは簡単に躍進できるぜ。ヤクザ流にいうなら、東京くらいはシマにできるんじゃねーのか?」
「しねえよ。ツナはイタリアに行くんだ」
「ジャッポーネには何も残さない、か」
 ツナの体の下に手を入れて、ディーノ。
 よいしょっと、軽い掛け声と共に体を持ち上げた。そうしてベッドに横たえる。
 ブラウンの髪が布団に散らばって、青年の瞳は四方に揺らめいた毛筋を見つめた。半開きになった彼の唇は、ふっくらと艶めいていた。しかし言葉を発する前に閉じられる。思いを持て余すようにディーノは眉間だけをシワ寄せた。
「ツナはイタリアに来る。その言葉、疑わないぞ」
 ほー、と、リボーンが鼻を笑わせた。
「オレはもう行く」
「ツナを起こさないでいいのか」
「出来のいい兄弟子だからな」
 呆れたようにリボーンが肩を竦める。
 ディーノは薄く笑って扉へと向かった。後ろ手をひらめかしながら、茶化して陽気に言い捨てる。
「もうナリタに行かねーとジェット機に間に合わねーよ」
 だが、扉が閉まる前に声が追いかけてきた。肩がピクリと震えた。
 その声にはからかいの色も多分にあったが、それ以上に憐れみが込められていたからだ。
「疑わないなんざ、慎重なお前らしくねーんじゃねえか? ディーノ」
 振り返らず、足も止めなかった己を褒めた。音もなく扉を閉めて、足音もなく階段をくだる。そうして青年は闇夜に紛れたが、沢田の家をでたあとで窓を見上げてしまった。
 窓辺に赤子が立っていた。その、少年――男の瞳が語るものを、もう受け取らずにいることは、できなかった。ディーノは舌打ちのあとで、頷いて見せた。
「わかった。しばらく、ツナには会いにこねーよ」
 そしてディーノは片手をふって別れを告げた。

 




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06.3.12