決裂

 

 

 

「オレの鞭、まだ持っててくれたんだな」
 まさぐっていた指をとめて、ディーノが呟いた。
 内側のポケットからズルと抜き出したのは彼が与えた鞭である。
 数年前に。出会い、言葉をかわすうちに少年にあげる気になった。青年と少年とはよく似ていた。マフィアに染まりきらない性格と考え方。平和を好むやり方。
(こっち方面は、似てねえけど)
 露にした腹を指で辿る。組み敷いた体がビクリと震えた。
 ディーノは目を細め、少年が咥えるものを内側へと押し込めた。
「ん……っ、むぅっ」
「苦しいか?」こくこく、顎が勢い込んで頷く。
 にやりと口角を笑わせて、青年は指を引っ込めた。
「そう。良い子だ。痛いことは痛い、苦しいことは苦しい」間を置いて、付け足す。
「気持ちイイことは気持ちイイ。思ったことは口に出すんだぜ。そっちのがオレ好みだ」
 腿の付け根をゆるく撫で上げた。少年の身体がわずかに浮き上がり、影に覆われたブラウンが何事かを訴える。微笑みでいなして、ディーノは鞭の先で綱吉の前髪を掻き揚げた。瞳が戸惑う色を浮かべて鞭とディーノとを見比べる。極端に照明の薄い室内だったが、ディーノの金髪がひときわ強く網膜に焼き付いていた。
 ぶるぶると首をふって少年が唸り声をあげる。パチン、と、金属の音色が響いた。ディーノがボールギャグを指で弾いたのだ。
「怒るなって。オレは、ツナと楽しみたいんだぜ……」
「ンン、ン!」
「これは趣味だけど。付き合えよ、そういう約束だろ」
「むッ」顎先が鞭に掬われる。口にはめ込まれたギャグが薄明かりを反射してディーノの両眼を輝かせた。子供っぽいキラキラした色合いは常と同じで、あの優しい兄のような青年と同一なのだと少年に知らせていた。ゆるく首をふる。苦笑して、ディーノは自らの鞭で戒めた身体を抱いた。
「嫌ってるからこうしてるんじゃない。スキだからこーしてるんだぜ?」
 啄ばむようなキスを顎に落として、襟首からネクタイを抜き取る。
 若いマフィアの頭首は試合に負けたのだ。ディーノが金で解決させたが、頭首は申し出た。何でも言うことを聞くと。『別に構わねーのに。ほんとにいいのか? 約束だな?』『オレでできることなら』『ツナだけいれば、オレがやりたいことはできるぞ』『じゃあそれで。約束ですね』互いに、いつもの如くニコニコと微笑みながら約束を交わした。久しぶりに日本を訪れ、にもかかわらず颯爽と窮地を救うディーノは、やはり綱吉にとって憧れの男性像である。
 彼の喜ぶことは何でもしたいと思っているし、心から信頼を寄せていた。
 ディーノはすぐに再びやってきた。夜に訪れて、行き先を教えぬまま綱吉の手をとった。
「……ん」ギャグの孔から唾液がこぼれ落ち、顎をぬらりとさせる。
 たびにディーノが舐め取った。視界の隅で揺れる赤色に綱吉が目を細める。後ろ手を雁字搦めに縛りつける鞭と、上に乗るディーノの重みとが自由を許さなかったが。
 苦悶に歪められた眉根に気づいて、ディーノがニカリと歯を見せた。
 獣のようにギラつく瞳が、普段とは異なる印象を添えていた。綱吉が喉で悲鳴をあげた。
「オレのせいでそういう顔、やらせてみたかった。オレのせいで泣くところとか、痛がるところとか嫌がるところとか。あまりジャッポーネにも来れないしな、他の奴らより見れてないのはわかってる。だから余計に見たかったんだ。ツナがオレだけに……、そうやって、イイ顔するの」
 鼻先を舐め上げる舌に綱吉が息を呑む。食い入るように見下ろすディーノの唇が戦慄く。「すごいかわいい」うっとりとした、鼻にかかった声色だった。酔ったかのような。
「すぐ、もっと可愛くしてやっから」
 ピ。綱吉の鞭を、横に引いた。

 

 




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06.1