彼らの事情


屋根の上から街を見下ろしていた。
 一歳ほどの赤子の手には携帯電話。本来ならば幼児が扱うなど土台むりな電子機器なのだが彼は手馴れた素振りで目的のアドレスを引き出した。
 複数回のコール音の後で、プッと脳天に刺さるような雑音が紛れる。青年が誰だと手短に呟いた。
「俺だ。頼みたいことがあるんだが」
『ああ、リボーンか。なんだよ。またジャッポーネか?』
「銃弾の手配だ。日本じゃそういうのが手に入らねえからな」
『実弾か?』
「モチだ。いつものようにやれ」
『あいよ。遅くても来週にそっち行くわ』
「ンな早く来ていいのかよ」
 リボーンが口角をあげる。
 子供らしからぬ鬱蒼とした種類のもので声音にもそれが滲んでいる。はるか遠国にいるディーノはケロリと笑って見せた。
『構わねえって』
「コスペリカのファミリーは潰したのか?」
『まだ。でも、あと数分だ。リボーン、俺が今どうしてるか教えてやろっか?』
 爽やかな物言い、しかしディーノがそうしながらマフィアのボスであると知っているリボーンは、裏に潜むものを目聡く感じ取る。にやりとして訊ねた。
「一撃でやれんのか。お前、狙撃の腕が落ちたとか聞いてるぞ」
『ばっか、どっからだよ。ンなわけねーだろ!』
 受話器の向こうで部下の笑い声が聞こえた。和やかなムードが電気信号となって届いてくる。(これから殺しをしようってのに、そーやってケラケラできるんだから大した男だぜ)
『あっ。スマン、ちと待ってくれ。その数分が終わるときが来たみてーだ』
「ああ。やってろ。外すなよ馬鹿弟子」
 ヒューと口笛が聞こえた。
『あいっかわらず、スパルタだぜ』
  リボーンは耳を澄ます。受話器の向こうで航空エンジンの激しい回転音が聞こえた。人の雑踏は聞こえない。ゴウウウと途切れなく続く。覆い被さる形でバウンッと銃声が響いた。やはり人の喧騒は聞こえない。しばらくの静寂のあとで、ディーノが『よし』と呟いた。
『終わった。明日にでもジャッポーネに飛べるぜ』
「おまえも多忙だな」
 その原因はリボーンにもあるのだが、ディーノは指摘しなかった。好きなときに呼びつけるのはもちろん。ディーノを部下さえいれば万能に行動できるようにしたてたのはこの鬼子じみた赤ん坊である。ディーノはボスでありながらキャッバローネの傘下にあるヒットマンの誰よりも腕が良かった。どうしても殺さなければいけない人物を、一度きりのチャンスで確実にしとめなければいけない場合。ディーノは自らで仕事をまっとうする。そうすればより確立はあがり、何よりもボスであるのだから失敗を咎められることがない。過去に部下に任せたことがあった。彼はミスを犯し、とある家族が丸ごと惨殺される自体となった。彼は責任を取ると零し、ピストルで自らを貫いた。ディーノがボスに就任して間もなくのことであり、リボーンが日本へと旅立つ少し前のことである。
 受話器の向こうで、ディーノは部下と一言二言の会話をかわしていた。間もなくガチャガチャと銃器を片す音色が聞こえてくる。
「ディーノ、おまえ、日本が楽しいか?」
『ああ。最近はろくな仕事がねーもんでよ。そろそろ可愛い弟分にでも会いてえって思ってたとこだ』
「そうか」
 ただいまと叫ぶ声がした。
 ツナが帰ってきたのだ。獄寺と山本を両脇につけて、家の中へと消えていく。リボーンは屋根を降りてツナの部屋へと戻った。
「ところで、テメーの『カワイイ弟分』ってセリフ、『カワイイ』はどこにかかってんだ?」
『へ? ……ツナだけど』
「『カワイイツナ』にもなるってことか?」
『えええッッ』受話器の向こうで素っ頓狂な悲鳴があがる。ディーノは雑踏の中へと移動していた。ガヤガヤと幾つもの話し声。リボーンは、か細いサイレン音をも聞きつけていた。
『リボーン、その質問ずるいぜ。なんて言えば怒らねえつもりだ?』
「テメーの回答次第だ」
『マジでずっる!』
「本気は極力やめろと言ってンだろ」
 ベッドの上から扉を見つめる。バタンと大きく開いて三人の中学生が雪崩れ込んだ。彼らは窓辺に逃げ、その後ろから、手榴弾を持ったランボが飛び出した。
「部下がいないと本気になれねー男に、恋愛はムリなんだよ。わかってるだろ?」
『…………』
「リボーン! 今日がお前の命日だぜいっ」
(そんな風にしたのは俺だけどな)内心で呟き、リボーンは枕を取り上げた。下にはツナが寝る直前まで読む用のマンガ本が置いてある。飛び掛るランボに角を叩き付け、手榴弾はツナへと投げ捨てた。
「ぎゃああああ!!!」
「十代目っ。窓、窓の外です!」
「ツナ、俺によこせっ」
『そこに。ツナ、いンのか?』
「ああ。帰ってきたとこだ」
『……正直、恋愛かもわかってないんだぜ。でもツナって俺の若いころにそっくりだから。放っとけねえし、すげえ気になる』
  山本が手榴弾を握り、獄寺が窓ガラスをスライドさせる。
「テメー、自分の若い頃がかわいいのか?」
『まさか。あんなに可愛くねえよ』
「…………」半眼の視界に、山本の野球フォームが映る。気合の掛け声とともに手榴弾が空に投げつけられ、間をおかずにドウンッッと大気が躍動した。頭を伏せる少年たちの、ツナの後頭部を見下ろしてリボーンはため息をついた。
「そろそろ切る。到着、待ってるぜ」
 短い頷きと共に通話が切れた。
 地下鉄の発車ベルが最後に聞こえた。
 顔をあげれば砂塵の舞い散る中でツナが怪訝な顔でリボーンを見上げていた。地震対策であるかのように、頭の上で両手を交差させたまましゃがみ込んでいる。
「お前、こんな中でよく電話できるな」
「テメーとは出来が違うんだ」
「電話の相手は?」
 ふっ。と、リボーンが笑った。
「古い友人だ」



 

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ディノツナ祭りさまに投稿しようと書いたもの。
最終日に送るには 暗…っ ということでこちらに。