10代目×2

 

「――なるほど。そういうワケで、どっちのボスが優れてるかでケンカになったのか」
「す、すいません。つい、ハズカシーことやらかしちまって」
 山中で男たちは頬をつき合わせていた。
「部下の不始末をボスが始末つけんのは当たり前だぜ? 大丈夫だって」
 ディーノはニカっと笑う。しょんぼりと眉根を歪めた男は、サングラスの奥で両目を瞬かせた。「何より面白れーから。ツナも面白れーだろ?」
「は、はあ」
 突然に笑顔を向けられ、ツナが後退りした。
 獄寺がずいと進み出る。握ったこぶしには怒りの汗が滲んでいた。
「ボンゴレを舐めんじゃねえぞ!」
「スモーキンボムはやる気がすげえな」
「当たり前だ! この勝負、絶対に勝つ!」
「でも戦うのはテメーじゃねえぞ」
「リボーン!」
 ツナが叫んだ。今までどこぞへと姿を消していたのだ。トラップをしかけると伝言を残して。
「心配すんな。準備はバッチシだぜ」
「おまえ、何でそんなにノリノリなんだよ」
 ツナがうめく。リボーンは一同へと向き直った。ツナとディーノと獄寺と、後ろを取り囲むスーツの強面男たち。リボーンは、今回の 当事者だけを集めて山を訪れていた。いつかエンツィオに病院送りにされた、あの山である。見上げれば緩やかな斜面が広がり、リボーンは視界の左右に見える大木を指差した。
「両側にばかでっかい杉が見えるな。あの間が範囲だ。でたら失格だぞ」
 獄寺が手をあげた。
「銃器の使用をナシにしてください」
「認める。両者は鞭を武器としろ。で、バッジを奪ってここに戻って来い」
 ツナの手には鞭がある。ディーノのお古だ。背中には食料と水のつまったナップザックがある。
「質問……」ツナは弱気に手をあげた。
「獣とかでたらどうすんだよ。野犬とか」
「ボスならどーにかしろ」
「ンな無茶な!」
「いざとなったら、おれに任せろよ」
 のほほんとディーノが宣言する。ツナの顔色が青褪めた。それが心配だとは言えない。勝負は二人だけで行い獄寺やディーノの部下が立ち入りできないのだ。部下なしのディーノは何においてもダメダメで頼りにできるどころではない。
(ディーノさんと戦えってだけでもムリなのに)
「まー、テメェの場合は獄寺を呼べばくるんじゃねえの?」
 リボーンはさらりと言いのけ、ピストルを天に向けた。「そっちの準備はいいな?」
 ディーノとツナは互いに互いのバッジを見つめた。ジャケットの胸にはリボーンマークの缶バッジだ。
「うっし」
 リボーン満面の笑みが浮かんだ。
「じゃあ。どちらがよりよきボスかを決めるか対決、スタートだ!」
 バアン! と銃弾が天に穿たれた。
「十代目、頑張ってください!」
「ボスーッ。てきどに! 弟弟子に情けないとこ見せんなよ!」
「うっせーなー。もー」
 ボヤきながらディーノは木々の間へと駆けていった。それを見て、ツナも慌てて反対方面へと走り去る。獄寺の応援がずいぶんと長く聞こえたが、十分も歩いたころには木々のさざめきだけが鼓膜をうった。
「まだそんな寒くないけど。遭難したらどーしてくれんだよ……」
 ぶつぶつと呟きつつ、ツナはジャケットの前をすり合わせた。膝丈まで伸びた草を掻き分け、振り返って人気がないことを確認する。
(変なことになっちゃったな……)
 翌日から連休だと、喜んで家に帰れば、玄関がものの見事に破壊されていたのだ。イタリアからディーノがきて三日目になる。あれよあれよと言う間にツナは車に乗せられ、山につれてこられたという次第だった。
「リボーンのやつ。自分が楽しむためにゃ全力をあげるんだから」
 どこかでギャアギャアと鳥が鳴いた。夕暮れに染まりかけた太陽が影を長く伸ばす。
(とりあえず、どこかの洞穴をさがそう)
(ディーノさんには悪いけど、こんなこと付き合えないよ。俺が勝てるわけないし)
(遅くなれば、そのうち終了の合図が聞こえるだろ……。銃声って言ってたっけ)
 さらに十分と歩いて、ツナは右の大木のふもとへと辿り着いた。数十メートルの杉は圧巻で、しばらく見上げる。視線をおろしたさいに、崖のたもとにある小さな穴倉に気がついた。男一人が入れるほどのスペースがある。
「ここかな……」
 中に獣はいないか。
 恐る恐ると覗き込んだところで、ツナが飛び上がった。肩に手が乗せられたのだ。
「お。おわ?!」
「ディーノさんっ!」
「よお。決闘を申し込みにきたぜ」
「え、ええええ――――っっ」
「勝負は早い内につけるのが吉ってな」
 ニカリと微笑み、ディーノは鞭をしならせた。後をつけられたに違いない。
「ほ、本気なんですか。ディーノさん」
「なっちまったもんはしょうがねえだろ。さ、ツナも鞭をだしな。おれのがあるだろ?」
 渋々と、ツナは鞭の握り手を取った。
 大木を前まで駆けて、ディーノと向き合う。キリリとした青年の顔立ちは見惚れるほどに精悍で格好よい。ツナは内心で絶叫した。
(部下がいないったって! こんな格好良い人に俺が勝てるわけないっての!)
「仕掛けてこねえなら、おれから行くぜ?」
「うっ」腕に力が篭る。
 ディーノが一歩を踏み出したときには、耐えられずにツナは背を向けた。
「ごめんなさいっ!」
「おっ。どんな作戦だ?」
(勘違いしてる――――っっ!)
 全力疾走のツナの後ろをディーノが追う。
 しかし不幸はこうして始まるのだ。ディーノが足を絡ませたのだ。
「あっ」
 ドンと背中が押された。
 足が地面を離れ、とディーノが揉み合うように転んだ。転んだ先が斜面である。
「ぎゃああああああ!!」
 今度こそ叫び声をあげて、二人は川に突っ込んだ。
 ぶくぶくと泡を出してツナが沈む。
 油断したら流されそうなほどの急流だ。ディーノがツナの襟首を掴んだ。
「大丈夫か?!」
「な、……ゲホ! なんとか」
「くっ」深さは、ディーノの肩から上がギリギリで出る位置だ。
  ツナの口は立っていても沈んでしまう。ディーノはジャケットを脱ぎ捨てた。ツナを抱えたまま岸辺に向けて泳ぎだす。けれどツナがちっとも進まないように感じるのは当たり前で、部下なしのディーノは酷い運動音痴なのである。ディーノが引き攣った。
「あれ? いつもはこーじゃねえんだけど」
「ディ、ディーノさん……」
 ディーノにしがみつき、ツナがうめく。
 ここで死んだらあまりに浮かばれない。と、ツナは突き放された気がして青年を見上げた。青年もツナを見下ろす。二人の間で何かがモコモコと膨らんでいた。同時に顔を引き攣らせ、飛び退いた。
『エンツィオ――――っっっ!!』
 キシャアアと、効果音の聞こえてこないのが不思議なくらいの迫力でもってエンツィオは鎌首をもたげた。ジーンズのポケットから飛び出した亀はすでに五メートルもある。
「わっ、がっ」
 水中に沈むツナに、慌ててディーノが手を伸ばす。ディーノはエンツィオの甲羅にしがみついた。
「げほっ、でっ、でぃーのさん?」
「しょうがねーからな!」
 エンツィオはみるみると膨らむ。周りの木々を凌駕したところで、ツナは青年の思惑を理解した。とりあえず川からは出られたのだ。
「でもこれ、どうやって降りるんですか」
 ディーノはあさってを向いたままヘラりと笑った。その胸にバッジはない。
(あ。さっき、俺を助けようとして)
 ツナは自分のジャケットを見下ろした。
 水をたっぷりと含んで、ずしりとくる重みを備えている。
 攻撃目標を求めてノッシノッシと歩くエンツィオの上でディーノは早くも楽しげだ。
 上から見るとこうなのかと囁いてしきりに首を伸ばす。ツナはジャケットを握った。
「ディーノさん!」
「お?」
「これ、バッジをどうぞ」
 青年が眉目を歪める。一瞬だけ怯んだが、ツナは勢いこんでディーノにバッジを握らせた。
「ディーノさんは俺を助けようとしてジャケットを捨てました。このバッジを助けたも同じです!」
「おれ、ツナを助けたつもりだぜ?」
「助けた俺にバッジがついてたんです。バッジの所有権はディーノさんにありますよ!」
 ショユウケン? と、ディーノが奇妙なニュアンスをつけて呟く。
 二人の体は、亀の歩みと共にズンズンと上下に揺れた。
「よくわかんねーが、つまり、助けたやつが貰っていいってことか?」
「そうです!」
 ディーノの手がバッジを握り返し、ツナが首を上下に振りたてる。
 若きマフィアのボスは、不思議なものを見るようにツナとバッジとを見比べた。
「オリエンタルってやっぱ神秘だな」小声がツナの耳を打つ。ディーノはニカリと白い歯を見せた。
「さんきゅ。ありがたく貰っとくぜ」
「はいっ」
 満面の笑顔のツナに、ディーノが顔を近づけた。
 ツナは笑顔のままでハテナマークを浮かべる。その唇をディーノが舐めた。
「……へ?」
 右耳の上にゴツゴツとした指が滑り込み、髪を梳いた。後頭部を抑えられて、そのまま口を重ねられる。
 うめくツナに構わず舌が咥内に潜り込む。たっぷりと内側を舐めまわすのに五分はかかったか。ディーノが唇を離すころには、ツナはがくりと体重を預けていた。
「ディ、ディーノ……さん?」
「いやー。兄弟子としちゃ、こういうことってしちゃいけないと思ってたんだが。ツナがそういう心構えなら、構わないよな」
「ディ、ディーノさん。なにか」
(何か履き違えてる……)
 口を抑え、ツナはうめく。
 体中がカッカと燃えるように熱かった。
 パニックの自覚がある。重傷だ。何がなんだかわからず、合流地点が見えることにも気がついていなかった。ディーノがツナを抱えたまま、ひらりとエンツィオから飛び降りた。太い枝に鞭を巻きつけ、振り子のようにして地面に着地する。
「ボス! 大丈夫でしたか!」
「ああ。おれ、勝ったみたいだぜ」
 ディーノはツナのバッジを一同に向けた。
「予想通りか。ディーノの勝ちだ」
 リボーンは迫りくるエンツィオを見上げる。
 部下たちも既に逃げる準備に入っていた。
「しかし。この山、呪われてんじゃねえの」
 勝手な感想をこぼすリボーンを尻目にディーノはツナをおろした。
 十代目と、平素ならすぐさま飛んでくる彼は、エンツィオに向かって熱心な祈りを捧げている。
「静まりたまえっ!!」
「…………」
 ここからは、キスシーンは見えなかったようだ。唇を拭うツナの後ろで、ディーノがリボーンに訊ねていた。
「きいていいか? ツナがイタリアにくる具体的な予定は?」
「未定だ」
 エンツィオが一同に気が付き、男たちは一斉に走りだした。
「山の神っ、怒りを静めてください――――っっ!」
 獄寺の哀願が走りの地響きに重なる。
 ディーノの部下たちが奇妙なものを見る目を獄寺に注いでいた。
「じゃあ、それまではおれが通うか。こういうのって財産ある方が通うもんだろ?」
「はあ……」
 すぐ隣を走る美青年をツナは困惑気味に見上げた。
 熱烈な勘違いをしている。このままでは困ることは必至。の、はずなのだが。
(ディーノさんも俺が好きってわかって、何でこんなに嬉しいんだろ)
 リンゴの如く顔を赤くするツナに、ディーノがニコリとした。
 リボーンが見ていないことを確認して、額に掠めるようなキスが送られた。

 

 

 

 

>> もどる