夏
「ディーノさんって、愛人とか、いないんですか?」
英語の教科書を開いて、十分がたった。
金髪の青年は小首を傾げる。少年はもどかしそうだった。
「モテるでしょう。ディーノさん、すごくかっこいいもん!」
「かっこいい? おれが?」
「ええ!」
目をキラキラさせている少年に、青年は苦笑を返す。
彼にそうした質問をされたくはなかった。青年にしてみれば、愛人なんて山のようにいるが、それを率直に教えるのは憚られる。教育によくない、とか、倫理的な問題ではなかった。
少年に、そうしたイメージを抱いて欲しくないのだ。
「そうかな……」
あいまいに言葉を濁した。
少年は懸命に言葉をつなげる。
ディーノさんがモテないはずはない、と熱をこめて語る姿に、青年が少しだけ心を痛めた。
返答の拒否に気が付かないのは、年齢のためか、純粋さのためか。
子供相手になにをしているのだろう、という気分になってきて、青年は教科書を閉じた。
熱弁をふるっていた少年がきょとんとして青年を見る。
「今日はここまで。ジュースでも飲まねえ?」
「あ、喉、渇きましたもんね」
少年の瞳が、からになった二杯のコップに向かう。
「いれてきますよ。オレンジでいいですか?」
「ああ。氷、たっぷり宜しく」
両方を掴んで立ち上がり、すぐに階下へとさがっていった。母親を呼ぶ声がする。
取り残された青年は、寝転んで両手を広げた。セミの鳴き声が大きく響く。仰向けになった視界で、リボーンが拳銃を拭いていた。
目が合うと、す、と僅かに細めてくる。
「手をだすんじゃねえぞ」
「わかってるよ。言われるまでもねえ」
「どうだかな。怪しいもんだ」
「オレは欲求不満じゃないぜ、リボーン」
ごまかすように鼻を鳴らしてみる。
リボーンは、赤子に似つかわしくない微笑みを浮かべた。
ひとを見透かすような笑い方だ。「メンタル面はどうだかな」
青年はリボーンを見たまま黙りこくる。少年が戻ってきた。
たくさんの氷をつめたコップを、オレンジの液体いっぱいで満たしている。
お盆には、コップのほかにアイスも横たえられていた。ソーダ色とチョコバナナのマーブルだ。
「ディーノさん、今日はでかけないんですか?」
「ああ。一日中、ここにいるぜ」
身体をおこし、コップに手をかける。
リボーンは何事もなかったように銃の手入れを再開させた。
「やったぁ!」無邪気な笑い声が青年の耳にひびく。
「じゃあ、このあとゲームでもして遊びましょうよ」
後姿を見つめながら、ひそかなため息。
リボーンが背後で笑った気がした。終
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