それでも恋には変わりない



 もしかしてオレって帝王っぽい?
 と、少しだけ考えてみてディーノはすぐにバカらしいと思った。だから、どうだというのだ。実際に事実に近いが、それだけだ。事実に近い分尚更に面白味がない。
 白いスーツを着込んだ彼の足元には女が二人くっついていた。
「ベッドにいかないの? わたくし、テクには自信あるわ」
「そりゃよかったな。ってか、別にオレはオンナを要求した覚えないぜ」
 テーブルに片肘をつき、ディーノは欠伸混じりに返した。もう片手にはワイングラス。赤い色をした液体を揺らしながら夜景を眺めていた。五十階ホテルの、頂上だ。
 ちりばめられた光は多様に眩く、一つ一つが強烈な自己主張をしていてトーキョーという街をよく表しているように感じられた。
「ウチの旦那があんたに感謝しろっていうんだよ。お礼、欲しくないの?」
「金をもらえりゃ充分だ」
 ごくりと喉を動かして、ディーノは思いついたというように女二人を見下ろした。
「イタリアンマフィアって、どう思う? 怖い?」
「……何をおっしゃるのかな。あんさん」
 片方の女。ヤクザの女房の方が首を傾げる。
 そうすると、着物の襟首が動いてうなじが見える。ジャッポーネの色気か、なかなか面白い……とは、思ったがディーノは興味がないという顔でもう一人の方へと顔を向ける。
 こちらは新宿の高級キャバ嬢、と、覚えたての日本語を思い出しつつ、ディーノはぴちぴちの肌を見下ろす。ついで女の顔へ。アジア人はどれも同じ顔、だというのが日本に来る前の認識であったが、近頃ようやく一目見るだけでその者が日本人か中国人か、はたまた韓国人かの見分けがつくようになった。
(ツナのおかげか、な)ワインをもう一口舐める。
 お前は? という顔で見つめると、キャバ嬢はニコリとして言った。
「格好いいと思うわ。そりゃあ怖いっていえば怖いけど……、でも、あなたは優しそう。キャバッローネファミリーはウチの上得意ですもの。また遊びに来てね」
 語尾にハートマークがつく。女は流し目を向けた。
「でも、肝心のボスは女で遊んでくれないのってねえ……」流し目を女房へと向ける。彼女もくすりと妖艶に笑い、ディーノの膝の上で円を描く仕草をした。
「…………」
 しらっとして夜景を見るディーノに、
「予想をたててみようかな。ディーノさん、日本人ではまだ遊んでないんでしょ」
「わかるか?」
「女の勘は万国共通なんよ」
 我が物顔で言った顔を見て、ディーノはプッと噴出した。
「ハハハハ! そうか。肝がイーのも万国共通か」
「そうだったの! じゃあ、早速」
 キャバ嬢がキャミソールの肩紐に手をかける。
 ディーノは笑顔で首を振る。また、夜景を見下ろした。
「いきなりアポなしで来るなんて、今日は特別だが、次は部屋まで通さないかんな。おめえらの立場もあると思ってやってるだけだ。さ、呑めよ。旨いぜ」
 瓶を差し出されて、女房が面食らう。
「本気でやらない気?」
「イタリアに奥さんがいないって聞いてるけど」
 受け取りつつ、キャバ嬢が不満げな顔をした。
「おめえらさァ、時間あんなら」公然と無視して、ディーノ。
 彼は身を乗り出すと、女二人の耳を引っ張った。
「部下の相手してやってくれよ。その方がオレとしては助かるンだ」
「まぁ! いやだわ、この人ったら。喧嘩を売ってる?」
「そんなつもりはねえ。むしろ、おめえらを立ててる」
 女房に向けてニカリと微笑み、キャバ嬢にはまだコルクの閉まったワインを渡す。
「さ、仕事だ。今後ともよろしく頼むぜ。持ちつ持たれつつ。部下をイー気分にさせて、楽しく過ごさせてやってくれや。この時間でもまだ起きてるヤツがいるし……」
 ベッドサイドから冊子を取り上げる。案内図やガイドが挟まれた冊子だ。
「ねーちゃん、ここだ。10階の1008号室。ウチの幹部だがおめえさんの大ファンだ。いってやってくれ」
「な、なによ、それぇ……」
 顔が赤らんでいた。キャバ嬢のそれは侮辱による怒りだ。ディーノは気にすることもなく二人に手短に部下の居所を伝えきった。僅か五分後には、二人を廊下にだしていた。
「じゃあな。別におめえらをないがしろにしてるワケじゃねえぞ」
「あんさん、ウチのプライドぼろぼろになさってる」
「違うぜ。おめえらを大事にしてやってるの」
 二人が目を丸くする。ディーノは口角をナナメにしたままで、ゆっくりと扉を閉めた。テーブルに戻ってワイングラスを取り上げる。
 その頃には扉の向こうから足音が聞こえた。
 一度、扉が蹴られた気がしたが、まぁ当然の反応だろうなとディーノは思う。
 鞄の底から取り出した携帯電話をワインの隣において、再びイスに腰かけた。夜景はきれいだ。この夜景を見に遊びにこないか?と、誘いの口実にできるくらいに。ただ問題は、ディーノがそうして相手を誘うことがどうしても不自然になることだ。
 日本人の女はまだ、と、膨らんだ唇に指摘された。
 ディーノにとって少しばかり痛い事実だった。
 できれば気がつきたくない、見たくない。致命的な事実に目がいくからだ。
「口説き方が違うし……。ガキだし……」ぼそぼそとうめいていた。携帯電話に目を落とす。二つ折りになったそれを開けば、室内が若干明るくなった。青味がかった光に満ちる。
「男だし……」
 ツナ、と、記されたアドレスを眺める。
 親指を僅かに動かすだけでアドレスが切り替わった。
「どうせ女とやるなら、奈々さんがいいしなァ」
 沢田奈々、の文字を見て背筋をだらりと伸ばす。両足を投げ出した。イスの下にむけてずるずる落ちていくような格好になってもディーノは携帯電話を見つめる。
(だってそこからツナは生まれたわけだし)
(親子なだけあって似てるし。家光に似なくてよかったってもんだ)
(いっそのこと二人いっしょにオレのもんになればいいのに)
 恋人が彼女で息子が彼。天国のようだ、と、直感的に呟いてからディーノはハッとした。頬を冷たいものが流れていく。思わず自らの股間に手を伸ばした。
「やば……。変態かな?!」
 慌てて身を起こす。しばらく前屈みになったままでいたが、不意に諦めるようなため息をついた。携帯電話を閉じてベッドに放り投げる。夜景に視線を戻した。
 やはり、あの親子のどちらでも、自分がここに誘うのは不自然だった。
 リボーンはそれを許さないし、部下の安全を優先する立場としてボンゴレ一家を破滅させるようなことはできない。あーあ、と、腹の底から嘆いてディーノはワイングラスを取り上げた。
(まじーよな。日に日に、日本人に対して妙な幻想できてくぜ。ツナたち専門みてーなもんだが)
 夜景に視線を戻す。美しかった。最高の土地で最高の景色を見る自分は、ついでに女が羨望してやまないらしいこのディーノという男は、全然帝王なんかじゃないとディーノは思い直した。
(マフィアっつってもダメだな。帝王なら欲しいものは何でも手に入るだろーに)
 自分が欲しいものが手中に転がってくることはないのだ。ディーノは遠い目で眼下の宝石を見下ろした。小さな粒は自動車か。行ったり、来たりとする。オレの片思いと似てるかな、と、少しだけ考えて残ったワインを飲み干した。



おわり

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07.4.22