Un rapimento di Natale!
「んっ?!!」
クリスマス前日、学校をでたところでいきなり後頭部にキツい一撃を喰らって痩せた少年が卒倒した。受け止めたのは、真っ黒スーツ姿の男性が三人。ぎょっとした周囲の生徒を無視して、失神した彼を胴上げすると三人は規律正しい動きで一目散に逃げ出した。
「ゆ、誘拐……現場?」
彼ら四人が去ったあと、校門を今まさにでようとしていた少女が呟いた。
さらに数秒。笹川京子は青い顔をして叫び声をあげた。
「ツナくーん!! 五時には皆でクリスマスパーティするんだからね――っ?!」
先ほどの少年、沢田綱吉はトラブルに巻き込まれることが多かった。京子が大して動揺せずに、そんなことを言ったのにはそんな事情のためかもしれなかった。
一方、三人組は真っ黒塗りのベンツの後部座席に少年を放り込んだ。
ぎゅるぎゅるぎゅる! コンクリートに痕を刻むほどにタイヤが急回転をした。
どんっ、と、音がしそうなほどに急発進をした車体は速やかに並盛街を飛び出した。
沢田綱吉が意識を取り戻したのはその日の夜だ。
「う……ん?!」
ハッとするのも束の間だった。
両の手が肘置きにヒモで縛り付けられていた。
やわらかなイスに座り込んでいた。ゴォオオ、と、遠くから何か大きなものが飛んでいるような音がした。アイマスクをされていて、綱吉には何も見えない。
「な、なにごと……?」
「おっと。起きたのか。静かにするんだ」
「What?」
外国人らしき声がして綱吉がぎくりとした。
「Uuu……」両脇で男たちが英語で返している。綱吉にはまったく聞き取れなかったが、彼らの言葉を訳すると
(大丈夫、この人は気分が悪いだけだから)
(でも今日中に帰らないといけないんだ。そっとしてやっておいてくれ)
(そうなんですか……、クリスマス前なのに大変ですね)
と、そんなところだった。異常事態であることだけはわかって、綱吉は真っ青になって俯いた。両手が縛られていて、アイマスクをされて、静かにしろと言われたのだ。外国映画では、警察官にホールドアップ! と言われて、言う通りにしなければそれだけで射殺されてしまうことを思い出した。
学校をでたところで、きっと誘拐されたんだと綱吉は考えついた。
リボーン絡みかボンゴレ絡みだ、ああ、いやだなぁ、よりにもよってクリスマスイブに殺されるなんて……。
「……って、うわーそんなのイヤだよ! 誰か――!!」
「しっ。静かにしろ! 乱暴したくないんだ!」
「Customer?」
「No.He is becomes tired!」
「ボンゴレ! 言うことを聞け!」
「ひっ?!」
襟首を掴まれ揺さぶられ、綱吉は黙りこくった。
英語でのやり取りが続いた。すっかり萎縮して、綱吉は青褪めつつも背もたれに体重を預けた。リボーンは助けにきてくれるだろうか、殺されるんだろうか、安らかなやり方で殺してくれるんだろうか……。そこまで考えて、自分が飛行機に乗っていることにようやく勘付いた。
すべてが絶望的だ、と、脂汗を浮かべたままで綱吉は固唾を呑んだ。
それから何時間も経った。綱吉には時計も見えないので感覚もわからない、ただ、何度かコップを口に当てられて無理やり水分を取らされた。一回は、スーツ男がついてきた上でトイレにいかされた。放尿しつつ綱吉は死ぬ覚悟を決めた。
飛行機が辿り付いた先では、また、英語とも違う異国語が喋られていた。
「…………」空気をめいっぱいに吸い込みつつ、綱吉はまたベンツに乗った。
アイマスクは外されたが、見慣れない街並みでワケがわからなかった。宵の闇がくらく街を彩っている。何語が書いてあるかもわからなかった、とりあえず、ヨーロッパ圏内であることが予想できた。
ベンツがたどり着いたのは一軒の大きなお屋敷だ。
屋敷につくなり、さらに大勢の黒服男が綱吉を出迎えた。
彼らは丁寧に綱吉を誘導した。そして、一室の前に辿り付くと、互いの顔を見て頷き合って、綱吉の背中を蹴って箱の中に押し込めた!
「こ、これごと海に沈めるとか?」
真っ青になって振り返ったが、すぐに箱が密閉された。
「…………」真っ暗闇に取り残されて、さらに箱を移動させているのか足元がおぼつかない。正方形の箱の中で正座をしつつ、綱吉は揺さぶられるままに顔面を箱の内側にぶつけた。
「や、厄日だ……。今ごろは京子ちゃんたちとクリスマスパーティだったのに」
ぶつぶつうめきつつ、ついには体育座りになって膝のあいだに顔をうずめた。
お腹も空いてきて、綱吉の目尻には涙すら浮かんだ。
どれくらい待っただろう。どれくらい経っただろう?
綱吉は、ふうっとため息をこぼす。
「胃に穴空きそうなんだけど……」
腹を撫でた、そのときだ。箱が大きく動く。
「うわっ?!」
べしっと顔面をぶつけて、今度は後頭部をぶつけて、あちこちにぶつけながらも綱吉は耳を澄ませた。話し声がする。楽しげな笑い声まで届いてくる。
どんっ!
箱が床に落とされる。
「――――? ――――! ――っ」
誰かが真正面に立って何かを楽しげに喋っているようだ。
ついで、びりびり! と包装紙を破るような音がして綱吉は耳をおさえた。
くるべき時が来たのかもしれない。この音のように、自分もびりびり! と皮を剥がすようにして殺されていくのかもしれない。マフィアってどんな組織だっけ、楽に殺してくれないっけ、とか、一瞬のうちに何十個もの思考が一挙に押し寄せる。やがて、箱の上蓋に手がかかった。
一条の光が、差し込んでくる。綱吉は目を細めた。金色の糸……の、ようなものが見える。
「Lei e stupido per prepararsi a tale grande cosa……、Quello che entra?」
両手を箱の蓋にかけたまま、金髪の青年が後ろを振り返っている。鈴のような声だった。いくつもの笑い声が、青年の背後から沸き起こる。
綱吉は両目をぱちぱちとさせた。
「Alcun genere di oggett oche e ……」
彼が、振り返る。
「――っ、って、ツナぁーー?!」
金髪の青年は、綱吉と目が合うなり跳びあがった。おおお、と、青年の後ろから歓声があがる。
「ディーノさん……?」慌てて腕が伸びてくる。腋の下に手をいれて、ディーノが綱吉を箱から引き上げた。若干青褪め、黄色がかった瞳をまん丸にして跳ね馬のディーノが愕然としていた。
「Perche e qui?! Essendo tale sciocco!」
目を丸くして、綱吉はディーノの腕にしがみついた。
自然とその胸に落ちることになる。周囲を囲むかたちで、彼の部下と思しき真っ黒スーツの男たちがそろって拍手をしていた。 シャンデリアが天上に輝いている。ディーノはラフにジーパンを履いていたが、それがそぐわないくらいに豪勢な部屋で、中央には巨大なクリスマスツリーが飾られていた。
喉を嗄らした声でディーノが信じられないように呻き声をだした。
「C'e realmente tonno, Lei?」
「あ、あのぉ……?」
「っ、Io non capisco una ragione……、Attesa、ん。あ、あー、んん」
喉を確かめるようにケホケホと空堰をして、綱吉を床におろした。
「おまえさん、何してんだよ! こんなとこで! イタリアだぞ」
「オレ、殺されるわけじゃないんですか……っていうか、ここってディーノさんの家なんですか?!」
「ボス! どーですか? 最高のクリスマスプレゼントでしょ?!」
「さ、さいこうって……、馬鹿かテメーら!」
ディーノが焦ったように叫ぶ。
部下たちはニヤニヤとしながら青年と少年を見つめる。
綱吉は、まじまじと自分が入れられていた箱を見た。赤と緑とが交差するストライプに包まれていて、クリスマスプレゼントに見える。つまりは、そういうことらしい。
「イブなのにプレゼント開けろっつたり、妙に様子がおかしーと思ってたら……!!」
ディーノが歯噛みする。部下たちの中から、綱吉の知った顔が進みでた。
「ロマーリオさん! これって」
「すまねーな、ボンゴレ。この頃ウチのボスがあんたに会いたいって洩らすもんでさ。サプライズに連れてきちまおうってハナシになってたんだよ」
「さ、サプライズで」
誘拐を?!
言葉をなくす綱吉の代わりにディーノが部下を睨みつけた。
「ばかやろー!! こんな……っ、くそ。つなー、久しぶりじゃねーか!!」
「わっ?!」羽交い絞めにするよう、背後から抱きしめられて綱吉がもがく。ディーノはぐりぐりと後頭部に顔を埋めてきて、辛抱ができないといった様子で頬にキスをした。
「っ?!」
驚いて固まる綱吉をよそに、ディーノは部下たちにブイサインを向けた。
「今回だけにするんだぞ?! うれしーけど、ツナに迷惑かかっちまうだろ? おい、ロマーリオ。奈々さんに連絡いれとけ! ツナを預かってるってな」
「アイ、サ〜」
ふざけたようにロマーリオがウインクを返す。
「くあ〜〜っ。ツナ〜〜」
「ちょ、ちょっと。ディーノさーん?!」
腕から逃げようとするが、華奢に見える外見とは違って、跳ね馬はかっちりした肉付きのようだ。
ビクともしないことに驚きつつ、無理やり首を後ろにまわした。ディーノは、喜色満面で正面から綱吉を抱きしめなおした。彼の喜びようは、大型犬のような何かを彷彿とさせる。
「あ、あのっ。オレ」
「歓迎するぜ、ボンゴレ十代目さんよ。たっぷりとキャバッローネファミリーのパーティを楽しんでくれよ!」
ディーノが腕を掲げた先には、ずらっと並んだ料理の数々があった。白いテーブルクロスがひかれた細長のテーブルが、五つほど並んでいる。
「ホント、よくきたな〜。ゆっくりしていけ。なっ?!」
「あの、オレはむりやりここに……」
すっかり状況を受け入れているらしい兄弟子に恐る恐ると声をかけた。
彼は、満面の笑みで振り返る。
「? 部下が手荒いマネしてすまんかったな。年明けまでいられるのか? 背、少し伸びたんじゃないか? 元気にしてるか? ちゃんと肉とか食べてるのか」
「…………」
誘拐されてきたので、はやく、家に帰りたいのですが。喉まででかけた言葉が、突っかかって、でてこない。つかえになるのはディーノの笑顔だ。
綱吉は困ったように眉根を寄せ合わせた。
それを見て、ディーノが腕をはなす。綱吉の前髪を掻き揚げると、その額を見つめた。
「どうしたんだ? イタリアの空気、合わないか? オレの部屋で休むか?」
「……いや。いいです。クリスマスパーティ、これからなんですか」
「そうだぜ。さっき、今年の仕事が終わったから。しばらく休暇だ。急用がねー限りはな」
「じゃ、遊ぶ時間はたっぷりあるんですね」
ディーノの瞳が優しく笑った。
「いつまでいられるんだよ、ツナ」
「オレ、年末の大掃除とかまだなんですけど……」
「キャバッローネの部下を送っとくから安心しろよ。年明けまでいるよな?」
念を押すようにディーノが呟く。久しぶりに顔をあわせた兄弟子は、以前と変わらずに気さくで優しげで兄のように感じて、綱吉は照れたように瞬きをした。
「いや――……、まあ、いっか」
こんな、奇妙ななりゆきに身を任せるときがあっても。
胸中の言葉に頷くように、綱吉は首を縦にふった。ディーノがバチンと両手を叩いて背筋を伸ばす。
「おい、聞いたか! ボンゴレ十代目がしばらくウチで羽根を伸ばすぜ。しっかりもてなせよ、テメーら!」
「あいよー!」
「ボス、今年のクリスマスプレゼントは?」
「あー?」
黄色い瞳が、ちらっと綱吉を振り返る。
「さいっっっこうに決まってンだろ。当たり前じゃねーか!」
帝王然とした様子で、ディーノが部下を見渡した。部下たちが嬉しげに互いの顔を覗きあう。わぁわぁ、いくつかの歓声もあがる。その様子に圧巻されつつも、綱吉も笑ってディーノを見上げる。
彼も綱吉を見ている。にかっ、と、白い歯が覗いた。
「はじめてだな? クリスマス、一緒なのは」
「そうですね。いつもディーノさんイタリアだから」
ぐしぐしとディーノが綱吉の頭を撫でる。そうしながら苦々しくジーパンを見下ろす。
「かわいー弟弟子がくるってーなら、もっとちゃんとした格好したんだけどな。あー、ツナ。甘いもの好きか? ウチのシェフはなかなか腕がいーんだぜ!」
うきうき、弾んだ声音をあげながらディーノが綱吉の腕を引く。それについていきながら、綱吉も楽しげに歯をみせる。兄弟子は、やはり、格好よくて憧れてしまう。
「ディーノさん、あのっ。メリークリスマス!」
「メリークリスマス! よーこそ、イタリアに!」
ふわふわの金髪を揺らしながら、ディーノがやんちゃに微笑んだ。
おわり
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( Un rapimento di Natale → 直訳で クリスマスの誘拐 )
06.12.23