パターンケース


 扉を開けると誰もいない。
  がらんどうの部屋に少ない家具。ベッドにタンスにリボーンのハンモック。後ろから、もうすぐ帰ってくるから、と、声がかかる。
「おかまいなくー」
  ちゃぶ台に向き合うように腰をおろし、辺りを見回す。
  最初に訪れたときは、みすぼらしい部屋だと思った。
  平凡なこどもの部屋であるという以前に、一個人としての特色が薄い。自分も不出来だったので、親近感を覚えなかったわけではないが、しかし、それにしても、と考えたあげくに日本の住宅事情を思い出したりした。あぐらをかいたまま、天井を見上げている。そのうちに上体が倒れて仰向けになった。
(あのときには、どんなヤツがくるかとワクワクした)
  ディーノは、わき起こる思念にいささかの戸惑いを感じていた。
  部屋をみたときからザワリとした胸騒ぎがする。
  人のないこの部屋には、いたくない。うれしくない。
  前ならば、こんなふうには思わなかった。
  寝返りをうち、自らの腹に手を当てる。
  ディーノは呟いていた。
「まずいな……」
  自らの過去を思い出すと、こんな感覚は、いわゆるフワフワした感情に当てはめられるものであって。職業もあるのか、ディーノはなかなか強引にできた人間である。色恋に時間をついやすひまなどない。
  たぐいまれな容姿もあって、相手は向こうからやってきたし、なびきにくい相手もすぐに陥没した。
  いざとなれば、多少の犯罪をもいとわない。欲しいものは力づくででも手に入れる。
  男としての本能、とか、欲望、とか、そんなふうに呼べるかもしれない。
  育ててきた地位がその望みを後押しし、現実のものとしてくれた。
  いつもなら、そうだ。
  悩む前に行動して、数日のうちにカタをつけている。
  そうして手に入れた愛人は数知れず。愛した女も数知れず。
  しかし、この、場合は。
「まずいよなァ」
  ディーノはさらに寝返りをうった。
  ベッドが視界にはいる。呆けた顔で見つめて、やがて、ベッドに横たわった。
  安っぽいスプリング。軋む音をききながら、ディーノは「悪くない」とささやいた。
  枕に顔をうずめれば彼の匂いがした。まだ、帰ってこない。何かがふくれていく。
「マズイって」焦った声に反して、その口角は幸せそうにつり上がっていた。
「ディーノさん」
  帰宅したツナは、ベッドの珍客に度肝を抜かれた。近寄れば、ディーノはあたりまえのように頷いて挨拶をする。ツナもやり返して、眠そうな表情に苦笑した。
「いいですよ。まだ、寝てても」
  微笑み、ディーノは手招きをした。首を傾げ、ツナが近寄る。
  腕をとるなりベッドに引き込んだ。悲鳴をあげた少年が目を丸くしている。
「ね、寝ぼけてますね!」
  そんなワケがない。思いながら、ディーノは目を閉じた。
  腕のなかでぼやいていたツナは、やがて、抵抗をやめた。抑える力が存外に強いからだ。
「意外と――でも、ないか。寝グセ悪いんだなぁ」
  そんなワケがない。同じことを思いながら、ツナの後頭部に顔をうずめた。
  邪魔者はない。たいへん珍しい、と、ディーノは考えた。ツナと同時に考えていた。

 

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