逃れられない氷の川淵へ。

 息せきを切って飛び起きたオレを、リボーンが奇妙な目をして見つめた。
 窓ガラスに反射していた。真っ赤な、燃えるオレンジ。オレは上着だけを脱いだ格好で、まだ、制服だ。
 昼寝の最中だったんだ。首筋を辿る。なにもない。両側の耳朶を掴んでも、噛まれた感触も濡れた気配も何もない。さっきのは夢だ、冷えた声音が告げる。でも聞いていた。
「リボーン。ヒバリさんと骸は? あの人たち、今、何してるの?」
 赤ん坊は目を窄めた。並べ立てたピストルの一つを持って、鼻を鳴らす。
「知ってるんだろ? オマエは、知ってんだろう。どうしてるんだ。教えてくれよ。なぁ、ホントに。どうして二人とも姿をみせないの。あの二人が、よりにもよってあの二人が、どうして揃って姿を消すんだよ!!」
「アイツらは自分の意志でああしてる。止める手立てはねーよ」
「オレに超直感力があるっていったよな。夢をみたよ。ふたりが、どっちに死んでほしいかって聞いてくる夢。どういうことだよ。わかるんだろっ?」
「わかるぞ」薄くため息をついて、リボーンは夕日へと目線を流した。
「つまり、もうすぐ、どっちかが帰ってくるってことだ」
「よくわかんねーよ! 二人ともじゃなくて?!」
「片方だろ。お互いに許せなかったから、ああなったんだろーし」
「ああなったて、それじゃ、その言い方じゃリボーンまるで」
「まるで?」「まるで!」
「二人が今まさに闘ってるみたいじゃないか!」
 そうだぞ、とリボーンは静かに告げた。
 ライフル銃をとりあげて、銃口で窓ガラスを押して、斜めにのびたオレンジを招き入れる。
「この下のどっかで殺そうとしてる。……殺すまで帰ってこないだろうな。ツナ、いちばん近くでアイツら見てたオマエなら、わかんだろ? ムリだぜ。あれ、どっちもバカな上にワガママだから、消去法でしか考えられないんだよ。邪魔なモノがあるなら殺す、それしか知らねーんだろうな」
「そ、……な、それこそ馬鹿だろ! リボーン、とめろよ!!」
「無茶いうなよ。ヒバリと骸が、別々にきたんだぜ。だのにほとんど同じこと言っていきやがった。殺したら、帰ってくるってさ。止めても無駄で、とにかく、アレを殺してくるだと」
 聞いていられなかった。耳を塞いだ。それでもリボーンが言う。
「オマエ、止められる自信があるのか?」
 首をふったのは、返事をしたんじゃなくて聞きたくないからだ。
「むりだぜ。アイツら、頭に血が昇ればオマエだって殺しちまう。知ったら、どうせ止めようとかいうだろ?」
 言っていた。もっと、もっと早く知りたかった。そうすれば止められてたかもしれなかった。
 そう思いながらもリボーンの言葉もわかる。イヤだ。ヒバリさんも骸も、本気で、本気で怒ると周囲を見なくなる人だと思う。目の前で阻むものを許さないだろうし、そのためには何だって八つ裂きにしてみせるだろう。
 視界がにじんで、膝に力が入らない。ベッドに沈んだまま、リボーンを見上げた。
「だって……。それだって、それだってしても、ふたりは」
「落ち着けよ、ツナ」
 ゆるく頭を振るけど、わからない。
 何を考えたらいいのか、何を言えばいいのか、どうすればいいのか。
 言葉が、夢の中のことばが、ぐるぐるぐるぐると回って回って回って、一向に消えていかない。二人の言葉が、重なって、重なって、どっちかどっちだかわからない。どっち。どっち?
『どっち』『呼んで』『ぼくはどっち?』
 ――たぶん、きみがおもうとおりになる――
 ぜえっと掠れた吐息がでた。走ってもいないのに。
 全身がビッショリで呼吸が。思うように。
「ふ、……」「ふたり、とも」
 二人とも帰ってきて。どっちの名前も呼べない。
 呼べるわけがない。リボーンがうめいた。
「まあ、これだけ時間がかかれば五体満足ではないな」
「う、あ。うわああああっっ!」蹲ってがむしゃらに泣いて、……十分後に、ガラリと窓の開く音がした。
 リボーンが何かをうめく。――オレには超直観力があるんだそうだ。物事の本質とか、ちょっと先のこととか、見抜く力があるんだって。蹲ったままぶるぶる情けないぐらい震えてる。いやだ。
 ドサリと何かが落ちる音。
 人。人だ。じ、じぶんで、立っていることもできないくらい、消耗してる、ひと。
 来ないで。顔をみたくない。頭を抑えたまま蹲ってる、と、誰かの手の平が後頭部にかかった。
 そこから生暖かいものが伝わってくる。落ちてくるのも速くて、オレのこめかみをから顎へと流れていった。赤い。真っ赤な、血液。
「……――ただい」いやだ! 聞きたくない!
 ウソつき。オレの思ったとおりになんて。そんなことならない。
 足音はひとつ、一人分だけ。直感だなんて。感じただけでどうなるっていうんだ。
 頭を振りながら、聞かないようにしてるって、そうしてるのに、その人は後頭部の髪を鷲掴みにして、オレの顔をむりやりにあげさせた。手が。ぬかるんでる。血だらけなんだ。その人の息遣いもあらい。
 ぜえぜえ、って。ぜえぜええって言ってる。聞きたくない見たくない。目をキツく閉じて、そのままでいると、両側の頬に手の平が押し当てられた。唇に濡れた感触。
 ベッドに押し倒された、と、咥内を深く犯される。驚いて、目を、開けて。
 あけてしまった。見えたのは髪の毛だった。
 額と額とがぶつかっていた。
 毛筋が目に入りそうで、
  色は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終焉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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06.2.5