※不幸な話です。
※人によっては大嫌いなあのネタです。
※みんな……です。
※それでも読む、という方のみお願いします。





















奈落へ





















「死ぬのが恐いんですか?」
 肩で笑って、彼は空を見上げた。
 広がる雲のすきまから、まだらにオレンジ色の斜線が伸びる。懐かしい学生服を着た沢田と六道の二人は並んで土手に腰掛けていた。
 膝を抱えているのは沢田で、あごをあげて見上げた格好から微動だにしないのが六道だ。静かに、声が、紡がれた。
「たいしたことないんですよ。痛みはない」
「血がいっぱいでるでしょう。……血がでるなら、痛いよ」
「それは狙いどころが悪いんです」
 ふざけるように六道が人差し指を立たせる。
 銃口に見立てろという意味をスマートに理解して、沢田は、六道がその指を自分のこめかみに突き刺すのを眺めた。
 子どもように六道の声がはしゃいでいた。
「ここを、どすんとやってしまう。痛みなんてありませんよ」
「あなたはいつもそうやって?」
「ケースバイケースですね。これが、いちばん楽ではあります」
 つい今しがた試したかのような口ぶり。
 六道は左足の膝を崩して中途半端なあぐらになった。左のポケットから取りだしたものは、一発の弾丸である。
「さて、クイズといきましょうか」
 声はあっけらかんとしている。
「これは何でしょう?」
「憑依弾」
「どうしてそう思います?」
 沢田が動かなくなる。
 試すような眼差しを注ぐ六道だが、その両眼からは喜悦が失われていた。
 真剣な光が、白い点となって双つ眼に浮かびあがり、据わりきった眼差しとなって少年を射貫いていた。
 沢田は自分の膝のあいだに顔を埋めた。
 視線から逃れようとした仕草だったが、それでも彼の瞳は腕のあいだを通り抜けて、六道のオッドアイを見つめ返してはいた。
 奥の奥まで。
 六道の視線は、眼球の奥にある頭蓋骨までも見透かすようで力強く決して外れようとしなかった。
 その気迫に鳥肌を駆り立てられながら、寸でのところで眼をそらしたい欲求に耐えて、沢田は眼差しを受けた。
「ただの弾丸かもしれない――」
 六道の口調は、まるで、独り言だ。
「これをこうします」
 制服のふところに伸びた手は、愛用の獲物を握りしめて戻ってきた。
 装填を終えると、六道は沢田に確認させるように囁いた。
「一発だけが入っています。さて、憑依弾か実弾かどちらでしょうか」
 沢田は、その瞳でもって空を見上げた。
 美しく焼けた空。
 本当の時刻は違う。真夜中、で、雲が垂れこめていて一閃の星すら拝めなかった。視線を戻す。六道は二つの眉頭をすり寄せながら笑っている。
「どっちだと思うんですか」
 カチャリと硬い音。
「答えてください」
 突きつけられた銃口は見えない。額にめり込む感触だけで何をされているのか理解して、……両目を閉じる。
 六道が「答えろ」と繰り返した。
 声に、微かな焦燥が滲みだしている。微笑みが沢田の口角を彩った。
 沈黙の後に、沢田が言った。
「実弾」
 引金がひかれた。
 最後に沢田が眼を開けた。
 上半身を傾かせながら、六道の眼差しを追いかけて――すでに筋肉の制御ができなくなって目蓋がビクッと痛ましげな痙攣をする――必死に彼を見つめ返す。
 彼の最後のまたたきを六道は落ち着いた態度で見つめていた。
 全てが暗転したくらやみに、沢田の体が横たわる。
 六道は目尻をきつく絞りあげ、唇の端を噛む。噛みしめるように囁いた声は沢田の耳にはもはや届かない。



「ね。痛くはないでしょう?」
 うめいて、骸は少年の頭髪に指をいれてその柔らかいものを手で梳いた。
 彼の半開きの唇から血の混じった泡が噴きだしてくる。
 時刻は既に真夜中を過ぎた。
 星はない。
 氷点下の冷気は傷口をえぐって右肩そのものを腐らすようだ。
 そこから先に腕はない。吹き飛ばされたのが一時間の前だから細胞も完全に死んだ。ものいわぬ亡骸はふってくる言葉にあまりに無防備でただ寝転がっているだけだった。
「クイズの答えを教えましょうか」
 この魂を路地裏に寝かしているのは忍びなく、少しの罪悪感が胸にある。
 互いにスーツの袖や腹が赤く汚れている。
 骸の右目から流れる血の流れは人間道を用いたための副作用だ。
 だがこれとは別の熱源が体のそこここにある。左の腿も打ち抜かれているし頭痛と耳鳴りがひどくて誰かの足音すらもろくに聞き取れない。
 人間の体には限界があるのだ。――人間の体には。
 だがしかし。
(一の道を絶やすわけにはいかなかった。せめて君が空に昇ってゆけるまで)
「僕が使えば、憑依弾。君が使えば実弾に。そういうメカニズムです。カンタンでしょう」
(あなたと行う最後の駆け引きだった)
「おめでとうございます。……綱吉くん。最後のさいごは僕に勝ったんですよ」
 手のひらを握ればまだ体温があった。
 幼子をあやすように、優しげに、骸はゆっくりと語りかけていく。
「いつも僕は憑依弾を最後に残すんです。いざというとき、逃げるために。……もう君が逃げるのに使ってしまったからありませんね。ここ一番の勝負で勝つなんて、実に小憎たらしい……実に君らしい」
 指の間に自分の指をからめて、恋人同士がするような形に持っていく。
(――一ヶ月。いや、一年。いや、いっそ十年も前に――こうしたことが堂々とできるような関係に持っていけばよかった、かも、しれない。君は男で、僕も男で、君には妻も愛人もいるけれど)
 特別にそういう眼で見ていたつもりはない。
 しかしずっと口にしたかった言葉があった。それだけは真実。血の気が引いて白くなっていく面を見守る。
 かすかに、かすかに、遠くから足音が聞こえてくる。
 もう何もかもが手遅れだ。
 魂ごとすべてをリセットする時期。死期ともいう。
 本当の、最後のひとときがくる。
 もう夕焼けを『見せて』やることもできないが――綱吉は日本の夕焼けが好きだと懐かしそうによく言ったものだ――(魂の昇天には間に合っているといいんだが)残っている右腕の指を、ぎしぎし軋んでいる眼窩の奥に突きいれた。
 ……一を五に戻す。
 一日に何度もやるのは本当につらいが仕方ない。
 心臓が裏返ったよう跳ねる。まるで自分の体にある残りものすべてを燃やして生きているようだった。
 本当に最後、もう次は永遠に訪れない。
 言うなら今しかなかった。永遠にこの瞬間は来ない。永遠に。
「綱吉くん――」
 どこかから声がする。いたぞ。荒く叫んで駆けてくる足音。
「マフィアも他人も、誰もいない世界に生きたかった。君と共に!」
「こんなとこに隠れてるぞ!」
「?! ちっ、一人は自害している――。まあいい。幹部級だ! オトシマエつけてもらうぞ! 残ってる手足全部ちぎってやる」
「これこそ愛だと君は言ってくれたのかもしれませんが……!」
 何も言えない彼に額同士を押付けるのをやめて、空を見やる。
 星がなく焼けた美しい夕焼けもない。
 神がいるなら、最後の最後くらいは(僕に優しくしてくれてもいいのではないか?)そう思う。
 ガラではないが。本当に――あの幻術に惑わされてあの平和だった国へ――日本へ、戻ってくれれば。
 すぐ近くに大勢の人間が走ってくる。
「銃は使うな! ボンゴレ最後の生き残りだぞ」
「丁重に歓迎してやらねば!」
「……綱吉くん、賭けに勝ててよかったですよねえ!」
 皮肉な口ぶりで骸がこぼす。綱吉の手はすでに体温が抜けて冷たくなっていた。
 これからの身の振りを思うと頭が痛いが、沢田綱吉が勝ってよかったと本気で思えた。骸にとっての綱吉は、拷問など受けるべき人間ではない。
(賭けに負けて嬉しいなんて、僕も本当にやきがまわったもんだ)
 ――ヴヴッ。亜空間から三叉槍を取りだし、敵を振返りながら叫んだ。
「千種、犬、クローム。仇くらいは取ってあげますよ」




「ただの弾丸かもしれない――」
 独り言のように言う。
「これをこうします」
 彼の手は拳銃を握りしめて戻ってきた。
 六道骸、気に入りの逸品だ。いつも使っている。今日も。
 腕を吹っ飛ばされながらも銃は落とさず、『先に行け!』と叫んだ痛ましい声が脳裏で聞いた傍からずっとこだましているよう思えて堪らなかった。
 結局、無事に合流できたのは、六道骸ただ一人だった。
 いくら待っても無駄だと言う彼の言葉に引っぱられて逃げて、どれくらい、経っただろう。
 気付けばあたりには知らない景色が広がって、懐かしい草花の匂いがして、胸に疼くような痛みを運ぶ光景が広がった。
「一発だけが入っています。さて、憑依弾か実弾かどちらでしょうか」
 美しい夕焼けがあった。日本のものにそっくりだった。
 夕焼けと、星のない空が重なって見えて、奇妙なものだった。
 今の弱った六道の幻術では大した効力がないらしい。足も撃たれて片腕も無いのに骸の声はしっかりしている。痛みには馴れているかららしい。
 夕焼けから視線を戻せば、泣きだすように眉目を歪ませて唇で笑う彼がいた。
「どっちだと思うんですか」
 カチャリと硬い音。
「答えてください」
 額に鉄芯がめり込んでいる。
 少年は胸中にしんみりした呻き声をもらす。――後悔もしない、恨みもしない。両目を閉じる。
(リボーンと立ちかわる形で骸さん達はファミリーにやってきた。嬉しかった。心強かった。……言うこともやることもエゲツないし容赦ないし酷かったけど、でも、それはリボーンにもあった部分だ。オレには芽生えなかったもので。オレにも、そういう、心があれば。ボンゴレの名前を堂々受け継げるんだろうってずっと思ってた)
「答えろ」
 声が容赦なく答えを要求する。少年は瞳をぼんやりさせて夢想した。
(ずっと言えなかった。きてくれてありがとうって。リボーンがいなくなって悲しかったし寂しかった。そのすきまを骸さんが埋めてくれてた。たまに話をすればオレをおとしいれるか、からかうか、ホントに酷かったけどあなたはそれでよかった。オレの傍にいてくれるだけでよかったんだ)
 それが、どこかでわかっていたから、リボーンがいなくなったオレを心配して戻ってきて――そのまま居着いてくれたのでは? あれだけマフィアは嫌っていたのに。
 光が、優しいオレンジ色の光が差し込んできてあたりを眩しく包みこむ。記憶の底に眠っていたはずの昔の数々の思い出が蘇っては体と心の痛みをやわらげる。
 そして同時に無性に悲しくてたまらなかった。
(生きて……)
 眼の奥が焼けるように熱かった。
(生きてください。骸さんは。オレが――足手まといが死ねばアンタは逃げられるはずだ。骸さんのことだからまだ憑依弾は隠し持ってるんでしょ? オレは死んでもいいんだ。マフィアなんて死んでいいんだ。でも骸さんは違う――あなたみたいな悪い人はまだまだ死なないものだよ。生きて。みんなの分まで、オレの分まで)
 短く、息を吸いこむ。
「――実弾」
 直後に額から大砲を当てられたような大きい衝撃が駆け抜けていって――、
 土手のやわらかな草に体を倒した。世界がゆがんでアスファルトを眼にしつつもそこに夕焼けが映って見える。
(生き……て……)
 何もわからない。
 ただ、これで、骸だけは助かるんだと思うと、綱吉はすこし嬉しかった。横たわった暗闇は、その思いのせいか暖かく感じることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
































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行き違ってるけど二人とも満足なんだよね(相手を助けたと信じてるから)