光覆の足跡 最終話

 

 

 

3.
 時刻は昼をとうに過ぎている。骸は何も食べてはいなかった。
 台所では、見越した千種がすでに包丁を叩いていた。イスに腰かけた骸は、顔色一つ変えずに隣の地べたを指さす。意味を図りかねたが、ニコとした笑みを与えられて指先が痛んだ。
(ここに座れって……ことですか。)
 首輪の感触が、この生活が地下牢の延長線にあると克明に告げていた。
 言葉もかけずに、千種が並べる料理も見ず、腕を組んで骸が見守る。値踏みするような眼差しは、ペットの行動をみる飼い主の態度そのものだった。……ギュウ。綱吉が目を閉ざす。
 そろそろと隣にすわりこんだ。手のひらが、よくできましたと言わんばかりに頭を撫でた。
「カワイイですね〜。いよいよもってしてウサギですね」
 嬉しげに目を細め、わずかに頬を赤くさせていた。犬が戸へ向かった。
「んじゃっ。例のジャパニーズマフィアぶっこわしに行ってきま〜。柿ピ〜?」
 小さく顎を上下させ、千種が犬に続いた。
 遠のく足音が台所に残る。しばらくしてから呟かれた声は、骸自身に問い掛けるようだった。
「あのマスコット、次はどこにつけましょうかね……」
 オッドアイにはドロりとした濁りがある。
 それは綱吉にようやくの確信を抱かせる。
(もうずっと前から骸さんはそうなんだ)
(気がつかなかっただけで、この人はずっとこういう目をしてた)
 けれどそれが今更にわかっても遅すぎる。
 何も変わらない。自答した綱吉が顔を上げると、骸の視線と交差した。
 ニコと底の見えない――底のない微笑みをのせて、骸がスプーンを差しだす。
「ほら。あーん、ですよ。綱吉くん」
 思考が麻痺したようで、機敏な対応が返せなかった。ゆるゆるとスプーンを咥える。
 それは拒否反応といえるものだったが、奇妙に鈍とした感覚がすべてを覆い隠していた。愛でるように骸の指が前髪をクシャリと丸める。孤高と高潔。二つの単語が骸の脳裏を過ぎる。
 かつて、九代目に教えられたことには続きがあった。
『きみもウサギみたいだね。高潔……は、どうかわからないけど孤高って言葉が似合ってる』
 口から引き抜いたスプーンは唾液でてらてらとしていた。ぺろり、と骸がスプーンの背を舐め上げる。
「綱吉くんも孤高ですね。高潔が欠けていて」そこに追い込んだのは骸だ。
 が、少年は疑うこともなく幸福じみた感覚に体を浸していた。肌の内側を満たすちりちりしたものを、ほんとうにそう呼んでいいのかはわからなかったが。
(寂しさなどで死なない。でもそうして君が蹲っているのを見るのは愉しいし嬉しいですよ)
 スプーンをカチリと噛み付ける。ガラス窓から差し込む光が室内を照らしていた。
 しかし照らすのは限られた部分だけである。そうしたことを骸はよく知っていた。
 洗い場と、テーブルから僅かに逸れた二箇所だけを当てて光は砕けて消える。わずかに逸れたところで骸がすわり、それよりも奥に離れた暗がりで綱吉。体育座りをして、居心地が悪そうに膝の間に顔を埋めている。コーヒーを飲み干し、席を立った。綱吉が顔をあげる。
「とりあえず、綱吉くんの部屋におくもの買いに行きましょう。ベッドとタンスはいりますね」
 ボンゴレ十代目が高校を卒業するまでは、日本に滞在することとなったのだ。
 骸が歩きだすのを少年がいささか戸惑った面持ちで見つめる。肩越しに振り向いた。
「久しぶりで歩けませんか? ダメですよ。ちゃんと、ついてきてください」
 やや間が空いた。おずおずと綱吉がたずねる。
「これからオレをどうするつもりなんですか。ここに住むにしても、母さんには――」
「ああ、失踪扱いですよ。そこのとこもクリアしないといけませんね」
「……かっ、母さんに、酷いことしないでくださいね。あと京子ちゃんとかハルとか――」
「必要がなければしません。ていうか、あのですね。君は僕をなんだと思ってるんですか」
(……、人を嬲るのが好きで妙な嗜好のあるヤバい人)
(あ。マイナスイメージを並べてますね)
 片眉をあげて、骸が綱吉に歩み寄る。首輪に指を引っかけた。
「あんまり反抗的だと地下にいれますよ。反省室ってことで。僕の命令にもすぐ反応できないならリードをつけます。鎖で結んであげてもいい」
 顔を青くして綱吉が思いきり首をふった。首輪でニンジンが鈍光を放つ。
 くすりと笑う骸の視線も、無理に首を引かれた綱吉の視線も首輪にあった。少年の目線に気がついた骸が、これみよがしに首輪に口付ける。綱吉は目をそらした。
「これで……。右腕と十代目なんて、よく言えますよ」
「……くふ。そうですか? 目に見える証っていいものでしょう」
 綱吉の顎を上向かせ、首筋に唇を落とす。ペチャリと濡れた音がした。
 そのすぐあとにヒリとした痛みが走る。赤い痣を確認してオッドアイが笑った。
 竦む肩を撫で、その手首をとって立ち上がらせる。すでに日は傾いており、屋敷をでれば左から差しかかる陽光にぶつかった。光は木々に阻まれ、散り散りになって道路に落ちていた。光の破片と影の破片とを踏んで骸が腕時計に視線を落とす。あっ、と、低く声をあげた。
「早くしないと、お店しまっちゃいますね」
 綱吉の腕を引く。にわかな抵抗があった。
 が、強くひけばなくなるので、骸は薄い笑みをこぼすのだった。


 


   完


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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>>あとがき(反転でお願いします)
「光覆のあしあと」、最初は「覆られた煌々光」という第一話のみのお話でした。
長々とつづいたものにお付き合いありがとうございます。実は、原稿用紙120枚で「凍えた〜」より多かったりしました。ここまで読んでくださるありがたい貴女さまもきっと目が痛くなったに違いないです。ありがとうございます。50ページで短くまとめようとしていた筈でした…! そして、むくつな楽しかったです。常軌を逸した行動がばんばん書けてよいですね。ダークで救いが薄いですが、私的に骸つなは『猟奇』が根本にくると考えたのでこうなりました。とりあえず骸さんは幸せのようです。両思いではないけど!

テーマは「光をくつがえす」(そのまんま)と「二匹のウサギ」でした。「二匹のウサギ」は、骸と綱吉・幼骸が飼ってたウサギと綱吉、の二重で意味を含ませたかったのですが中途半端になった感があります。
当初は、最初と同じように骸がボンゴレ十代目、イタリアに渡ってつなをしいくー、な形で終わろうとしてましたが
(最初のメモには「ボンゴレになることでツナを繋ぎとめようとして」とあります)、ツナにボンゴレ十代目を譲渡し骸が右腕に、となりました。物語の結末としてもこっちのがよさそうです。この後は、骸さんがボンゴレ十代目・ツナをしいくしながら、影でボンゴレを統治していくことでしょう。たぶんボンゴレも安泰……です。骸さんとツナが安泰な限りは。牛耳ってる人物が憎んでますけど、だからこそ組織活動を続けさせてそうです。こんな状況じゃリボーンも離れられないでしょうしね! 少しでも楽しみ・萌えを感じていただけたら嬉しいです♪

05.11.20 完結